地域の産業・文化と観光まちづくり
創造性を育むツーリズム

はじめに


 「マス・ツーリズムから個人旅行へ」など、観光客のニーズは、時代とともに変化する。やや難しく言えば、人々を取り巻く社会環境の変化が観光動向に影響しているのである。例えば、町内会や会社、学校など多様なコミュニティにおける人間関係が濃密な時代には、団体旅行は、意義あるものであった。これらの関係が薄れ、趣味や嗜好が多様化すれば、個々人のニーズに対応した旅行が好まれることになる。さらに、大きな変化は、人々のレジャーに対する期待感の転換である。レジャー白書からは、従来のようなギャンブル性の強い娯楽に変わって、ハイキングや登山、学習など自然に親しみ、文化を愛する傾向が高まっていることが伺える。こうした変化は、観光事業において求められるものも、享楽から自己実現へと向かうことを示している。
 同様の変化は、受け入れる観光地側にも起きている。例えば、遊園地のような、予め観光客を受け入れるために設えた空間にとどまらず、暮らしの場においても、住民の生きがいにつながるまちづくり活動として、積極的に観光客を受け入れていくことがテーマとなってきた。そして、訪問客は、自らの生活の場では、すでに失われたものを、観光地において見出そうとする。すなわち、観光地の住民が再発見した地域固有の文化的価値とその活用に強い魅力を感じるようになり、観光が、自らの人生への反省と、自らが住む場への興味や関心を呼び起こすきっかけになってきた。
 その背景には、地域の抱える定住人口の減少や高齢化問題、地域経済の疲弊などがあるが、観光によってそれらの課題を克服していくことが必要となる。そのため、例えば、農業などもその質を変え、農産物を固有の資源として評価し、それを活かす産業として発展させる必要がある。こうした地域固有の文化資源を再評価し、活路を見出す事例は、多く見られるようになってきた。その流れは、例えば、地元を案内することを通じて、地域への理解や愛着を高めるボランティア活動などと結びつき、暮らしの場は、いっそう開かれたコミュニティとして再構築されることとなるであろう。
 これらを前提として、本書の果たすべき役割を整理しておこう。視点は、常に、地域側にある。そこで蓄積された産業や文化を活用し、観光事業と結びつけながら自己実現を図っていくまちづくりの事例を紹介していくこととする。そこで活動する人々の苦悩や喜び、地域への想いなどを通じて、読者の方々の地域づくりへの一助となることを目指したい。
 その際、地域のおかれている今日の状況を、客観的に捉える視点も大切である。そのため、本書では、地域の観光空間の変化を、分析的に捉えていくことも試みた。今日、地域では、急速なグローバリゼーションや情報化など、外部環境の大きな波に否応なしに巻き込まれている。地域の知恵と汗によって、そのような荒波に対応したまちづくりを実践していくことが必要となろう。そのためには、豊かなコミュニケーションを取り戻さなければならないのである。
 繰り返しになるが、常に、時代と向き合いながら、人々を迎え入れるまちづくりを実践していくことが、地域に暮らす人々にとって、大きな喜びを見出す活動であること、そして、そのような場での交流が来訪者との間での共感を生み、豊かな人間関係を構築することにつながっていくことを、本書から読み取っていただければ幸いである。