地域の産業・文化と観光まちづくり
創造性を育むツーリズム

おわりに


 いわゆるリーマンショックから、はや2年が経過する。その事実が、21世紀の社会に与える影響は、計り知れないものがあろう。グローバリゼーションや金融システム、情報化などがもたらした現実は、ひっそりとした暮らしの隅々までをも覆いつくし、地域を不安定化させていく。こうした流れの中にあるグローバルな観光化も、複雑な外部環境の変数として地域社会に影響を与えていく。一方、対象となる社会や時代がいかに変わろうとも、不変的な真理とも言える思想や理論がある。こうしたグランドセオリーは、時代や地域を超えて脈々と受け継がれるものである。本書で示したマーシャルの「知恵の森」は、フローの空間の支配が強くなればなるほど、重要になってくる。それは、金融資本が支配する経済システムとは異なる、個々人の自律性と結びついたコミュニティの文化や経済の仕組みを再構築する可能性を示すものでもある。
 本書は、こうした理論を手がかりとして、現代社会における観光現象を捉えたものである。その視線は地域にあり、人々がそこでどのような幸福感を得ることが可能かを問い続けた。そこで見えてきたことは、その土地で人々が育んできた文化と、暮らしを支える生業が持続的に創造されていくことであった。観光は、その意味で、大変有益であり、地域における創造性の成果に対する深い理解と共感の念を持った人々との交流は、必要不可欠な要素となる。一過性で過剰な来訪や目先の利益のみを追求したつながりではなく、背負っている文化の多様性を前提としながら、質の高い交流を実現することができれば、観光の可能性は限りなく広がるだろう。
 さて、本書をまとめるに際しては、実に、多くの先生方や実践者の方からご指導やご示唆をいただいた。特に、マーシャルのグランドセオリーを徹底的に叩き込んでいただいた博士論文の指導教官である京都大学名誉教授の池上惇先生、地域文化の視点での観光学理論の構築に学ぶべき点の多い同志社大学政策学部教授の井口貢先生には、多大なご指導をいただいた。また、各地の事例調査においても、多くの人々に支えられた。中でも、北風寫眞舘の杉原氏には、夜の袋町にまで聞取り調査をセットしてもらった。大変、感謝を申し上げたい。さらに、2008年発刊の『観光学への扉』(井口貢編著、学芸出版社)において、他の学問分野の先生方との議論から触発されたことはもちろん、場を取り仕切った編集者の前田裕資氏からの鋭い指摘を問題意識として、本書の構想がまとまった。「観光は、文化と産業をつなぎ、地域を豊かにするのか?」その問いかけに多少なりとも答えが出せたとすれば、少しは恩返しができたと思う。そして、作業が進まず、くじけそうになった筆者の背中を押してくれた学芸出版社の中木保代さんにも衷心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

2010年11月  晩秋の湖北にて