成功する自転車まちづくり
政策と計画のポイント

はじめに


 今、自転車がホットである。環境と健康という切り口で注目を集めて身近なエコであることも手伝い、さまざまなメディアに取り上げられて、世界的にも多くの国で一種のブーム化が進行している。日本も例外ではない。特に、わが国は、国民性として流行に乗る傾向が強く、対象の良否は関係なく、すぐに新しいことに流されていく(バブルの時の土地ブームがそうである)。自転車は、これに加えて市民の間で日常的に身近であり、乗り物としての性格もわかりやすいため、自治体も安易に自転車をテーマに取り上げようとする。しかし、自転車をテーマとする施策は、そのように簡単なものではない。環境と健康というブームに乗って、自治体の自転車施策の全体の体系的整理もせず、ハードの空間やレンタサイクルだけを断片的に用意しても、自転車利用がすぐに盛んになるわけではない。また、永続性を持った交通手段として活用されるようなものにはならない。そこには、用意周到に検討され、かつ、地域の状況に見合った体系的で最適な施策が必要である。さらに、これを支えるために、自転車の他の交通手段に比べた大きなメリットに対する共通の理解が必要である。
 
 自転車は、単に健康によく、環境にやさしい乗り物であるだけではない。個々人の生活、企業活動、地域や自治体、国、地球にとって、それぞれの具体的なメリットが数多く存在する。さらに、自転車のメリットはそれを使うわれわれ人間の側で、工夫し可能性を伸ばすことが求められている。
 
 太陽光発電、風力発電、電動自動車などベーシックなエコのツールは数多く開発され、提案されている。環境にやさしいツールは自転車以外にもたくさんある。しかし、これらは、最新の技術を駆使して、最大のエネルギー効率を上げて、環境負荷を削減するようにしているが、その開発や製造、さらに管理運用、最終的な廃棄までのライフサイクルのコストと環境負荷が相当ある。
 
 これに対して、自転車は、徒歩と並んで最も原始的な移動手段であり、内燃機関や駆動機関を使わず、かつ、外部からの直接のエネルギーを補給することもない。人力で動き、しかも、装置も機械技術や素材の進歩はあるものの、基本的には簡単なものである。自転車という乗り物が生まれてから、この原理に大きな変化はない。このような簡単な軽い装置で、かつ、人力だけでこのように効率よく移動できるものは、他にはない。
 
 しかし、多くの人は、このような自転車の大きな利点に理解を示し、重要視するふりをしながら、いざ、利用を盛んにするための方策の検討や実施の段階になると、放置問題、走行空間のなさ、ルール無視の自転車利用者などを楯に、最優先すべき自転車利用促進策の足を引っ張る。また、自転車の位置付けも、車道では左側端という隅っこに追いやられ、車からは、自転車を渋滞の原因、危険な存在などとして、じゃまもの扱いされ、また、歩道では、たとえルールを守っても、歩行者などから危険視されるなど、道路空間での居場所がない。
 
 本書は、このように重要性を認識されてはいるものの、その一方で正当な扱いがなされてない自転車を正当な地位にまで高めることをめざす。このため、ハードのみのインフラの整備しかない施策、レンタサイクルの提供のみの一面的な施策など総合性やバランスを欠く施策、効果的なまたは的確なものとはいえない施策に対して、自転車をもう一度根本から理論的に見直すことを提案するとともに、自転車を真正面から理解するために、様々なデータを駆使して、自転車の本当の姿を描き出そうとするものである。これらを通じて、施策の具体的な考え方、手法、効果などを明らかにして、自転車問題を考えるきっかけと行政における自転車利用の促進の秘策を提示する。
 
 この本は、これから自転車に関する施策に取り組む自治体やすでに取り組んでいるがバージョンアップを図りたいといする自治体、そして、自転車施策の客観的な理解を得たいユーザーなどに読んでいただきたい。さらに幅広く地球環境、まちづくり、交通などをテーマとしている人などにも、自転車の真の実力を理解していただくことを期待している。
 これらにより、より効果的かつ的確な自転車利用および自転車施策のあり方が広く理解されれば望外の幸せとするところである。

2010年10月
古倉 宗治