生きている文化遺産と観光
住民によるリビングヘリテージの継承

はじめに


 地域振興の手法として、各地における様々な文化遺産を活用した観光開発が注目されて久しい。特にこれは、社会的にも経済的にも停滞する地域において、諸活動を活性化させ、かつ、住民生活の維持と文化遺産そのものを保護するための社会的・経済的基盤をも形成する「切り札」として期待されてきたものである。
 しかし、こうした取り組みが、観光開発と文化遺産保護の双方において上手く機能している例となると、それほど多くはないようであるし、何とか軌道にのっている例においても、いろいろな問題を抱えているというのが、実際のところではなかろうか。
 実は今、観光開発と文化遺産保護をめぐる地域振興の現状は、かなり難しい局面に立たされていると言ってよい。そして、ここにおける問題の多くが、観光開発と文化遺産保護の双方に対する均斉確保の失敗に起因していると思われる。要するに、地域の文化遺産を保護しようとする取り組みに比べ、観光開発による経済活動が優先される傾向に問題の一端があるのではないか、ということである。
 例えば、昨今の「世界遺産観光ブーム」に、この問題の発生システムが読み取れるように思う。
 各地にはそれぞれ地域に特有の文化遺産があるが、関連する国や自治体は、これを世界遺産に登録しようと余念がない。その目的は言わずと知れて、ほかならぬ観光を活用した地域振興にあり、仮に世界遺産に登録されれば、観光に関わる相応の雇用と収入が保証されたようなものである。
 しかし、「世界遺産」という観光ブランドを得たことにより、あまりにも性急に進む観光開発と地域社会の間に様々な歪みが生じ、当の世界遺産登録対象に重大な変容を与えてしまった例が、世界中から幾つも報告されている。一方、観光ブランドの獲得に失敗した地域では、住民や行政の熱意も冷めて、何時しか文化遺産そのものの崩壊が進行するといった悪循環を招いている。こうなれば、貴重な文化遺産は二度と取り戻せなくなるだけでなく、観光開発による地域振興の術さえも失われてしまうことになる。
 そもそも今日、「世界遺産」と呼ばれる対象は、人類における普遍的価値を持つ文化、自然、あるいはその複合遺産を、ユネスコが設けた「世界遺産リスト」に登録して保護することを目的としたものである。また、異なる視点から見れば、こうした世界遺産リストへ登録されている対象は、確かに素晴らしいものであるものの、これらはユネスコによる一つの基準によって選定されたものに過ぎない、ということも忘れるべきではない。地域の特色を形成する文化的価値といった側面から見れば、世界遺産に登録されていない文化遺産がユネスコのそれよりも劣る、ということでは断じてないのだ。これは同様に、我が国における「文化財」の指定や、「重要伝統的建造物群保存地区」への選定といった制度にも当てはまると筆者は考えている。
 仮に一般に認知された観光ブランドはなくとも、それぞれの地域において培われてきた文化遺産を、地域自らが自信と信念を以て保護し、またこれを自律的に観光活用していくことが、地域振興の望ましい姿であることは言うまでもない。しかし実際には、これが難しい……。
 そこで、地域振興を行おうとする方々や、これに関連する方々において、先ず知りたいのが、観光開発と文化遺産保護をめぐる各地の取り組み方ではなかろうか。例えば上手く行っている所では、いったい何が上手く機能しており、そうでない所では、いったい何に苦慮しているのかといったこと。さらには、これらの要因は、いったい何処にあるのかといったことや、また、それを解決するにはどうすれば良いのか、といったことであろう。
 こうした疑問に対して、本書は観光開発と文化遺産保護をめぐる様々な試行錯誤を各地から集め、報告を行うものである。特にこれらは、これからの文化遺産保護を担う40代以下の若手研究者、並びにここに協調する方々によって執筆されている。したがって、慣例に縛られることなく、新たな眼差しを以て自らが地域に深く根ざし、多くの事例においてポジティブとネガティブ双方の事象から地域の取り組みを分析している。
 以上から、本書における各報告は、必ずや「観光開発と文化遺産保護の共生」を導くための有用な知見になり得て、本書を手に取って下さった方々のお役に立つことと信じている。
藤木庸介