成功するコミュニティバス
みんなで創り、守り、育てる地域公共交通

はじめに


 地域から、それまであった鉄道や民営路線バスがなくなってしまったところは、日本中の各地に存在する。これは、モータリゼーションの進展などによって利用者が減少し、採算性の低下した路線の廃止・撤退が進んだ結果である。今後もこの傾向が大きく変わることはなく、放っておけば、公共交通がない地域がさらに増えていくことになろう。まさに今、その対応が求められている。

 地域を走る公共交通のことを、本書では『地域公共交通』と呼ぶ。もう少し正確には、「地域内を移動するための、誰もが利用できる乗合交通」と表せる。したがって、新幹線や長距離高速バス路線などは含まれないことになる。

 地域公共交通と呼べる具体的な交通手段としては、鉄道のローカル線やバス、そしてタクシーなどが挙げられる。鉄道の場合、路線の新設・変更は、軌道の敷設、用地確保そして運用資金などの面から、市町村や住民のみで考えるのは現実的ではない。したがって、本書では、地域で『創り、守り、育てる』ことが可能なコミュニティバス*1(タクシー車両で運行されるものを含む)を対象とし、地域公共交通について考えていく。ただし、本書に示す方法論や考え方は、コミュニティバスに限定されるものではなく、地域公共交通全般に応用可能である。また、2007年に施行された「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」に基づいて地域公共交通を検討する際にも役立つよう、配慮している。

 公共交通の問題を考える場合、クルマの影響を無視することはできない。クルマ利用からの手段転換を図るような対策も同時に考えていく方が、公共交通利用者数の増加に効果的であることはいうまでもないが、このクルマ利用を抑制するための手法には、地域や現行法制度の枠組みを超える対策が含まれる。このため、一地域だけで解決する問題というよりは、むしろ行政主導の政策として推し進められるべきことが多いので、本書では取り扱わない。地域交通を公共交通の面からのみ見るという一面的な見方であることを承知の上で、本書ではコミュニティバスに的を絞って話を進めていく。

 つい最近まで、市町村や住民が、自分たちの地域の公共交通を自分たちの手でつくっていくことは難しかった。しかし今や、コミュニティバスによって、自分たちの手で地域公共交通の企画と運行を実現することができる時代である。もう、地域に公共交通がないからと落胆する必要はない。さらに、2006年10月に施行された改正道路運送法により、新たに地域公共交通会議が市町村単位で設置できるようになった。この制度をうまく活用すれば、住民の参画に基づく地域公共交通を走らせることが容易になる。もちろん、実際には、すべてを住民のみで行うことは困難であり、行政と手を携え、あるいは交通事業者と協力し、文字通り地域が一体となってコミュニティバスを走らせることになろう。

 本書は、次のような方々に読んでいただきたい。これから自分たちの地域にコミュニティバスを走らせたいと考えている地域住民、公共交通空白地域の解消や公共施設への交通手段の確保などの目的からコミュニティバスを行政サービスとして運行しようと考えている市町村の担当者、あるいは、コミュニティバス計画の業務を受託したコンサルタント会社の技術者、コミュニティバス事業に参画する運行事業者の方々である。本書の中には、現行法制度(2009年現在)に対応したコミュニティバスの運行方法、維持管理方法、運営改善方法のアイディアを、理解しやすいようにその背景とともにちりばめてある。もちろん、地域住民だけ、あるいは行政の担当者だけの力では、地域にあったコミュニティバスを走らせることはできない。このため、地域住民の役割、行政の役割、そして地域企業の役割などを明確にし、互いが協力しあいながら魅力あるコミュニティバスの運行を実現するための組織のあり方にも多くの紙面を割いた。

 著者らがかかわる中部圏は、三大都市圏の1つに位置付けられているものの、東京圏や関西圏に比べると格段にクルマへの依存度が強く、大都市圏よりもむしろ地方都市に限りなく近い水準にある。したがって、中部圏の交通問題は大都市の問題とは言えず、地方都市そして農山村部の問題と共通する部分が多い。

 その中部圏で、若手の研究者と実務者が中部圏の交通の将来、ひいては日本の交通の将来を憂い、何とかしなければならないと議論の場を設けたのが、今から約5年前である。そこでは、数ヶ月に一回のペースで議論が重ねられ、最新の地域公共交通に関する研究動向、実務を遂行する上でのさまざまな課題、さらには世界中の優れた交通システムなどについて勉強を重ねた。その幅広い議論の中でより良いコミュニティバス像が模索され、たどり着いた内容をこの本に惜しみなく盛り込んでいる。

 今、日本の各地で、地域公共交通の再構築、あるいは活性化を図るための検討が行われている。そこでは、住民、地域企業、行政が議論を重ね、地域に合ったすばらしい交通システムの実現を目指しているだろう。そして、クルマに乗れない人でも地域を自由に行き来でき、豊かな生活を送ることができる、そんな町や村が日本各地に誕生する。本書がその一助となれば幸いである。

 2009年11月吉日
 中部地域公共交通研究会