地域生態学からのまちづくり
共生環境のマネジメント

はじめに

 21世紀は環境の時代といわれる。温暖化などの地球規模の環境問題も身近な問題として一般にも認識されつつある。さらに、経済のグローバリゼーション、インターネット社会といったように地球規模での社会・経済システムの形成が確実に進行している。しかし、2008年に起こった100年に一度といわれる世界同時不況は、単一の経済環境体となった経済のグローバル化の脆弱性を露呈したともいえるのではないか。このような経済至上主義は、日本の地域産業にも影響を及ぼし、その結果、様々な地域の自然環境の実態にも多大な影響を与えてきている。
 たとえば、近年の林業の推移に目を向けると、戦後の復興のため木材需要が急増し、「拡大造林」政策が進められ、それは主燃料が薪や炭から電気・ガス・石油などに切り替わった「燃料革命」により加速化された。これにともない、昭和30年頃には木材の自給率は9割以上となったが、昭和30年代に木材の自由化が段階的に開始され、昭和39年には木材輸入が全面自由化となったことで、安い外材が供給された結果、国産材の価格は落ち続け、林業経営も苦しくなり、現在では木材の自給率は2割まで落ち込んでしまっている。さらには、人々の林業離れも深刻化しており、枝打ちや間伐といった森林管理はもとより、台風による風倒被害の手入れもされず、収穫期を迎えた人工林も放置されているケースも目立っている。このように経済のグローバル化の波を受けた林業地域では、地域の山が荒れ、後継者も育たず、高齢化が進み共同体の維持が限界に達する「限界集落」と呼ばれる問題まで起こっている。
 また畜産業においても、牛肉の輸入自由化に伴い放牧頭数が減少し、放牧景観に変化が生じているケースもある。たとえば、明治37年に開設した長野県の湯ノ丸牧場では、開設当時は300頭もの牛馬が放牧されていた。通常、低木の新芽や草は家畜の飼料となり草原となるが、牛馬の忌避植物であったレンゲツツジは食べられずに残ったため群落が形成され、このレンゲツツジ群落は昭和31年に国指定の天然記念物となった。しかし、昭和50年頃から牛肉の輸入自由化の影響を受け放牧頭数が減少し、現在では30頭に満たない状況にある。その結果、放牧地にカラマツなどの大木の成長が目立つようになったことで、陽光を好むレンゲツツジにとっては生育しにくい状況になってしまった。現在、その保護増殖に向けボランティア活動が展開されている。
 さらに、経済の進展に伴い我々のライフスタイルも変化してきた。高度経済成長期の大量生産・大量消費の時代から、環境と共生する時代に入り、それぞれの地域で多様なライフスタイルが展開される時代を迎えているといえる。
 このような状況において、地域レベルで多様な社会・経済システムおよびそれを支える環境システムを構築する必要がある。それぞれの地域で、環境の固有性、生活スタイルの固有性、生業システムの固有性の創出が志向され、その結果として多様なタイプの地域が形成されることになり、より健全な全体システムが構築されると思われる。本書は、このような多様な地域の自立・安定・循環に、「緑地」を手がかりとしてどのように貢献できるかを探ったものである。すなわち、地域の緑地環境を健全にマネジメントするための知見を地域の固有な生態から探り、これからのまちづくりにおいて地域特性と共生する視点を大切にすべきであるという考え方に立脚していることより、本のタイトルを「地域生態学からのまちづくり─共生環境のマネジメント」とした。
 ところで、筆者が現在の大学に赴任して約11年が経過しようとしているが、現在筆者が担っている「地域生態学研究グループ」では、この間一環して「共生環境のマネジメント」のあり方に取り組んできたといえる。したがって、本書では、筆者が考える「地域生態学」とは何か?、何を目指して研究を進めているのか?、その成果と今後の課題は何か?、などを整理したものであり、このような研究領域を志す学生および各地域で緑地に係わる環境活動の実践や行政計画に係わっている方々に向けて、そのお役に立つことを願って作成したものである。
 筆者が所属している大学では、幸いにも研究グループが細分化され過ぎず、ランドスケープの本質ともいえる総合的な研究テーマの設定が可能である。しかし、そのような中にあっても個々の研究グループで性格づけが異なっており、それぞれの固有性を有しながら研究・教育を展開していかなければならない。地域生態学における研究・教育の視点は、序章にも述べているとおり極めて明解であり、ランドスケープを構成している「自然」と「歴史」に着目して地域の固有性をひもとき、緑地環境のマネジメントのあり方を探ろうというものである。その場の特性を発見し、その場の保全・再生に繋がる処方箋を書き、その場を管理運営する仕組みを構築することが、この研究グループに課された使命と考えている。まさしく「環境の医者」という役割を果たすための処方箋の手がかりとなる知見を明らかにしようとしているのである。したがって、地域生態学は、純粋生態学ではないということを、まず断っておきたい。地域生態学では、地域環境の保全・再生のための計画・整備・管理に繋がる知見を得ることが主眼となる。さらにいうと動植物そのものの生理・生態を細かく追っていくのではなく、常に動植物が生活する空間の評価およびそれに伴う保全・創成を探ることを目的としているのである。すなわち、健全なランドスケープをどのように獲得できるかを、自然生態、人文生態といった側面から解明しようとしていると理解していただきたい。
 また本書では、地域生態学から探った知見を、実際の計画・整備・管理へ展開・応用することにも配慮している。そのために、地域特性を読み解いたり、その地域環境の保全・創成のあり方を探る際に、その前に立ちはだかる様々な課題への対処法の要点を「実践メモ」としてまとめた。各章で述べた知見とともに「実践メモ」を活用していただくことにより、各地域で環境活動に携わっている方々や研究活動に励んでいる学生諸君などの取り組みがさらに深化していくことを願っている。