観光の地域ブランディング
交流によるまちづくりのしくみ

はじめに

 ここしばらくの間に観光に対する社会の見方が大きく変わり、観光産業の振興ばかりではなく、地域の人びとのために観光が役に立つのではないかと考える人が多くなりました。こうした人たちが好んで使う言葉、それが「観光まちづくり」です。
 日常で使われる「まちづくり」から、観光まちづくりは観光による「地域活性化だ」とか「地域おこしだ」くらいはイメージできるでしょう。地域で行われている商店街活性化やまちなみ再生、環境保全のためのまちづくりにかかわっている人も多いでしょう。そうです。この本のテーマは、観光を使ったまちづくり、「観光まちづくり」なのです。
 大分県・由布院や長野県小布施町などの「成功例」が全国に伝えられたこともあり、観光まちづくりはうまくいくのではないかと考える人が増えました。また2006年には観光立国推進基本法が制定され、観光によるまちづくりが制度としても成り立つようになりました。それを受けて各地の自治体も、まちづくりと観光を結びつけて考え始めたのです。
 しかし、観光まちづくりを地域で実際にやってみると、思いのほか大変だということもわかってきました。商店街活性化やまちなみ再生、環境保全が、自分たちにとって身近な問題を考えることだったのに対し、観光まちづくりでは、地域資源を保全するだけではなく、それを効果的に使って地域外から観光客を呼び、楽しんで帰ってもらうという、「マーケティング」の視点が必要です。観光まちづくりでは観光客という「他人」をまず意識しなければならないのです。また地域資源を活用するにしても、地域資源をただ魅力的にする「地域磨き」だけでは不十分で、効果的な「ブランディング」が重要です。
 この本は、このような特徴を持つ観光まちづくりに、ブランディングとマーケティングを明確に位置づけました。そして、今までの「地域磨き型まちづくり」ではなく、地域外の観光客や消費者を意識したまちづくりを、モデルと事例を使って説明し、実践で使える本にすることをめざしました。観光を使った新しいまちづくりを進めようという皆さんに、ぜひ読んでいただきたいと考えています。
 ただしこの本は、観光まちづくりの成功例を集めたものではありません。また観光まちづくりの理論を緻密に書き連ねた本でもありません。この本がめざしているのは、読者の皆さん、特に地域のために地域で活動する方々に、内向きな「地域磨き」からブランディングやマーケティングと融合した「外向きの」まちづくりに転換して欲しいというメッセージなのです。
 以下、この本の各章の主な内容を紹介します。
 まず第1章では、これまでの観光まちづくりの経過を紹介したうえで、ブランディングとマーケティングを考慮した観光まちづくりが必要であることを示し、モデルを使ってその基本を説明しています。この本の基本的な考え方と、観光まちづくりを読み解くためのヒントを解説しています。
 そして第2章から第4章は、モデルに沿って8つの地域事例を分析しながら、観光まちづくり推進の仕組みが理解できるように配慮しました。各地の事例を丹念に読むことで、皆さんが観光まちづくりを実践する際に、注力すべきところはどこか、モデルによる理解で明快にわかるはずです。
 第5章では各事例を総合的に分析しながら、事例から見出せる共通の示唆や、ブランディングとマーケティングを効果的に取り入れた地域戦略を解説しました。そして第6章は、ここまでを総括して、今後の観光まちづくりへの示唆をまとめています。
 以上のように、この本は観光による交流が地域を豊かにすることに着目し、観光まちづくりにかかわる皆さんが、どう進めればよいのか、何がポイントになるのかを、わかりやすく解説しています。
 観光によるまちづくりは、開かれた地域をめざすこれからの時代のまちづくりです。そこに地域の将来を賭ける価値があります。活気があって住みやすく、そして持続可能な地域は夢ではありません。それを実現する観光まちづくりに、希望と戦略を持ってもらいたいというのが筆者たちの願いです。
敷田麻実・内田純一・森重昌之