観光の地域ブランディング
交流によるまちづくりのしくみ

おわりに

 この本は、最近注目されている観光まちづくりの進め方を「革新」することを意図して書かれました。
 筆者たちは、日ごろから北海道内外の地域でフィールドワークする中で、すぐれた成果を上げている観光まちづくりを数多く見てきました。観光によるまちづくりを情熱的に語る地域の人たちと出会い、多くのことを学ばせてもらっています。
 しかし、その一方で、観光まちづくりが思うように進んでいない、十分な成果が出せていない例もありました。例えば、キーパーソンと呼ばれる人に引っ張られるように進められている観光まちづくりは、彼らの得意な分野に偏りがちで、それに参加できない多くの住民を置き去りにして、「勢い」で進められています。また「成功した」観光まちづくりでも、地域ブランディングやマーケティングを考えずに進めていることもありました。そして、観光まちづくりにどんなメリットがあるのかという問いには、「観光客がたくさん来た」という答えしかないところが目立ちます。人びとが交流する観光という楽しい活動をテーマにしながら、それは残念なことです。なぜ、うまくいかないのでしょうか。観光とそこから生じる交流は、地域の再生や活性化に生かすことができる、とても優れたツールであるはずです。
 そこで筆者たちは、観光まちづくりが「人が交流する」という観光の特性を生かすための戦略や評価軸を持っていないことに、うまくいかない原因があるのではないかと考えたのです。そしてその解決のための具体的な提案をしたいと思いました。この本はそのために書かれたのです。
 この本の主張は、観光まちづくりための新たな戦略は、まちづくりとブランディングやマーケティングの融合であり、成功の評価基準は地域資源への還元だということです。本を手にした読者の皆さんは、観光まちづくりとは、交流することからメリットを生み出し、その一部を地域に還元して持続可能にすることであり、誰もが参加できる楽しい活動だという意見にきっと共感していただけると思います。そして、この示唆を意識して進める観光まちづくりは、地域の将来を賭けてもよい、地域にとって優れた選択肢になると筆者たちは自信を持っています。
 さて、この本のバックボーンとなった観光の関係性モデルは、森重昌之君と敷田のディスカッションから生まれています。なんとなく敷田が思いついたことを、森重君が緻密に設計し、そのまま2人の議論の交差の中で成長したのです。そこにブランディングを専門とする内田純一先生が参加し、モデルは一気に昇華しました。このモデルは、敷田・森重・内田という異なる専門と知識を持つ3人のインプロビゼーション(即興)とコラボレーション(協働)の産物です。
 さらに、ケーススタディでは、北海道大学大学院の観光創造専攻の大学院生たちが活躍しました。彼らは北海道大学に新設された大学院(観光創造専攻)に2007年に入学した1期生たちです。通常、大学院生たちが出版に関わる機会は多くありません。しかし彼らは、いわゆる「社会人学生」が多く、経験豊富で練度の高いメンバーだったのです。北海道東部の標津町から海外はオーストラリア・タスマニア州まで、この本のケースは大学院生たちが丹念に調査した結果です。彼らは持ち帰ったデータを分析し、モデルで思考し、時には深夜に及ぶ議論も重ねました。分析の完成度の高まりとともに彼らは成長し、指導した教員たちも驚いています。
 最後に、この本の誕生にあたって、お忙しい中を私たちの調査にご協力いただいた各事例の関係者の皆様にまず感謝いたします。地域の観光まちづくりの渦中にいながら、たび重なるインタビューに応えていただきありがとうございました。また、丹念に校正をしていただいた藤田ゆか里さんと木野聡子さん、そして私の父敷田志郎に感謝したいと思います。
 さらに学芸出版社の前田裕資氏と中木保代さんには、原稿への適切なアドバイスと熱心な編集をしていただきありがとうございました。そして、日ごろの研究を理解していただいている北海道大学観光学高等研究センターの石森秀三センター長に感謝いたします。
 観光や交流をテーマに地域の現場で活動している、すべての専門家・関係者・住民の皆様のイノベーションのために、この本をお届けします。
2009年5月11日 桜の花咲く札幌にて
敷田麻実