都市づくり戦略とプロジェクト・マネジメント
横浜みなとみらい21の挑戦

はじめに


  2008年の大晦日から2009年の新年にかけてのNHK番組「ゆく年、来る年」をご覧になった方がいるだろうか。各地の大晦日の様子を紹介する番組だが、その最初に登場したのが、なんと横浜みなとみらい21にある赤煉瓦倉庫と観覧車であった。そしてその後映し出された映像は、赤煉瓦倉庫に挟まれた広場における、願い事を表面に書いた無数のガラスのキャンドルであった。息を飲むような大変美しい風景であった。赤煉瓦パークは言うまでもなく横浜を代表する風景であるので、普通の番組であればもう驚かない。しかし、この「ゆく年、来る年」に登場する大晦日の各地の風景は「日本を代表する風景」で、またこれまでは神社と仏閣がほとんどで、いわゆるモダンな都市風景はなかったと思う。そのトップに登場したみなとみらいのこの新しい風景は、日本の伝統的な宗教空間と肩を並べることが可能なほど美しい空間と評価されたのである。全く予想しなかったこの一瞬に、横浜みなとみらい21のプロジェクトのこれまでの成果が凝縮されていたように思えたのは、私だけであろうか。

  さて、「都市計画」という言葉はすでによく使われているが、多くの市民には行政用語と理解されている。また一般的な市街地では、都市計画は道路整備事業または用途地域等の建築規制と解釈される場合が多い。しかし本来は、都市の将来あるべき姿、つまりビジョンを描き、そのための手段として事業や規制があるはずだが、実際にはそのビジョンは明確でない上、市民にはほとんど見えない。つまりマスタープランとよばれるビジョンが実質的には共通認識となっていない。したがって、予想もしない再開発計画や高層ビルの計画が突然発表されると、行政と企業が勝手に都市を破壊していると思われることも多々ある。しかし、これは私たち日本の都市を少しでも快適にそして美しくしたいと思っている人間にとっては、大変残念なことである。なぜ日本はそうなのかという理由は実はいくつかあるが、ここではむしろ日本の都市計画、都市デザインが大変うまく機能している「横浜みなとみらい21プロジェクト」の事例をきちんと取り上げることによって、今の日本の問題をクローズアップさせたい。もちろん既存の建物が全くない埋め立て地という特殊状況だからうまくいったという意見もあるが、ニュータウンプロジェクトがすべてうまく進んでいるわけではない。横浜みなとみらい21のプロジェクトには、人間が都市を計画し、その計画を実行し、さらに当初の計画を時代の中で修正しながら、日常的に地域全体をマネジメントするという、実に大きな挑戦を見ることができる。魅力的な都市を作ろうとするプランナー達の強い意志とそれを実現しようとする組織、権限、体制整備はなかなか日本では整いにくいが、横浜みなとみらい21は希有な事例と言える。

  折しも、本年は横浜開港150周年という記念すべき年であるが、同時に横浜みなとみらい21プロジェクトの基本計画が検討されてからちょうど30年を迎える。さらに株式会社横浜みなとみらい21が発足し、着工してから25年目を迎える。この大きな節目に、後世に向けて計画と実践の経験を記録しておく価値は極めて高い。また、株式会社横浜みなとみらい21は2009年3月に解散し、エリアマネジメントの業務を「社団法人横浜みなとみらい21」に引き継ぐこととなった。これまでは横浜市がかなり出資した株式会社だからこそ、横浜市のリーダーシップのもとに、組織的には民間のメリットを生かしながら、かなりスピーディーに必要な決定や運営をしてきたことは高く評価されるべきである。今後は、横浜市と民間企業の協働運営となるが、みなとみらい21地区に土地または建物を所有する企業や団体すべてが会員となり、平等の立場で協議しながら、今後のまちの運営に携わることを可能にする社団法人という組織形態は、一方で極めて民主的な方法ということができる。そういった意味では、この25年の株式会社としての事業の実験は終えながらも、今後さらなる数十年に向けての新しい組織態勢での取り組みに大きな期待が寄せられている。

  都市計画は、行政から民間へ、事業から戦略へ、インフラから上物へ、プランニングからマネジメントへ、大きくシフトしてきている。この大きな変化をみなとみらい21のプロジェクトの実践からお伝えするのが、本書の目的である。幸いにも株式会社横浜みなとみらい21の代表取締役専務の岸田比呂志さんがこれまでの膨大な行政計画の記録をわかりやすく整理し、さらに自らが会社の中で体験してきた様々なプロジェクトマネジメントの実際を記述しているので、この目的はほぼ達成されたのではないかと思う。今後、都市づくり戦略の立場から行政と民間はどのようなパートナーシップを組むべきか、また行政はどのように地域をガバナンスしていくべきか等、日本の都市計画を根本的に考え直す時機だからこそ、この横浜みなとみらい21のプロジェクトの実践から学ぶべき点が多いと考えられる。

  2009年3月

早稲田大学教授 卯月盛夫