生活支援の地域公共交通

路線バス・コミュニティバス・STサービス・デマンド型交通

まえがき
 10年前に『バスはよみがえる(日本評論社)』を書いたのは、「このままではバスがなくなるかもしれない」という思いからである。今回この本を書いたのは、地方都市や都市の郊外においてバスは本当になくなり始め、さらに過疎地や都市の移動困難者の交通サービスが認知されないまま供給が遅れ、その対策が焦眉の急を要するからである。
  地方をはじめとするバス交通は、利用者が減少し、赤字だから運行頻度を減らす、さらに利用者が減少する、そして最後には撤退、という悪い循環に陥り始めている。
  これに対しここ数年、地域の足を守ろうと国土交通省もようやく調査や計画づくりに「地域公共交通活性化・再生法」の成立、そして「地域公共交通活性化・再生総合事業」として数十億円の予算を使い始めた。しかし、多くの地域で地域公共交通を適正に診断し、適切な処方箋を書けるかというと、そうではない。なぜなら、地域の現況を捉える診断から計画の策定、実際の運行までのプロセスを適切に遂行することが意外に難しく、経験1〜3年の自治体職員では手に負えないことが間々あるからである。交通は都市の将来の方向にきわめて重要な役割を果たし、また立てた公共交通計画が実際の運行まで数年から十年程度を要するにもかかわらず、継続的に見守り続ける職員もほとんどいないからである。
  そこで本書は、生活支援交通としての公共交通計画に取り組む方々に、調査や計画づくり、そして事業化について全体像を理解いただきたいと考え、以下の3部構成で組み立てることにした。
  第1部の理論編は、都市も地方も間違った計画を立てないための基本的な考え方を示した。例えば、地方においてはバス交通の診断をせずに赤字だから撤退、逆に赤字のバスを補助で支えよう、など判断が曖昧であった。また、都市部の自治体では市民生活に役立つバス計画はバス全体のネットワークを再構築する必要があるのに、コミュニティバスだけを運行してお茶を濁す自治体が極めて多いこと。このことは、バスを計画する意味を理解していないことから始まっている。
  そこで基本的な理解のために、まず地域公共交通の「要」であるバス交通の事業とその抱える課題を明らかにした上で、乗り合いバス事業の制度を示した。さらにバスで対応できることとできないこと(バスの限界)を示し、新しい交通社会をどのように作るか、そのための生活支援交通の計画プロセスを示した。
  第2部では交通システムを活用するための、それぞれの特性の正しい理解を示した。例えばコミュニティバスは1995年に運行された武蔵野ムーバスをみて、そのコピーが全国に広がった。成功した地域も存在するが、失敗した地域も少なくない。それはコミュニティバスの適用可能な領域の的確な判断ができなかったからである。また、車いす使用者などの移動困難者への対応は介護タクシーやNPOなどに任せてきたために、わずかな送迎サービスを提供しているだけで、そのサービス供給量は極めて少ない。そのために、病院をあきらめる人、必要なところへ行けない人が、まだ多く存在する。これらのドア・ツー・ドアサービス等の交通サービスは、わが国の場合、公的財政の基盤が弱く、欧米先進国の供給量の何十分の一しか供給ができていない。さらにSTサービスやデマンド型交通に必須の「予約・配車センター」の整備もこれからである。
  以上の問題点を克服するために、既存バスではサービスできない領域をどのようにカバーするか、あるいは新しいモビリティ社会を構築するために不可欠な様々な交通手段がどのように活用できるかを紹介する。具体的には、コミュニティバス、STサービス、デマンド型交通の仕組みや運行方法を述べる。
  第3部の計画技術編は、地域に居住する人々に対して、可能な限り公共交通によって外出できる環境を整備する生活支援交通の整備方法を述べる。全体計画では公共交通のネットワークを再構築するために、幹線的な交通軸と支線的交通軸を設定し、その上でデマンド型交通などを付加的に計画することが重要である。次に、特に過疎的地域について、需要を把握する方法、持てる少ない交通資源(コミュニティバス、スクールバス、福祉バス、過疎地有償運送など)を有効に活用する工夫などを事例とともに述べている。
  本書は、生活支援の地域公共交通に取り組む自治体やコンサルタントの方々、そして研究者・学生・市民に少しでも役に立てればという思いで執筆した。
  ご活用いただければ幸いである。

著者を代表して 秋山哲男