エピローグ
 アートと建築、まちづくりにかかわる仕事をさせてもらい、かれこれ二十年が過ぎた。
  はじめはアーティストを集めた商業施設での展覧会。その後徐々に、企業、自治体、国といったかかわりが多くなり、アートと建築、まちづくりにかかわる仕事に発展していった。その間、アーティストはもちろん、企業人から公務員、さらに建築やまちづくりにかかわる様々な関係者に出会い、それぞれの立場の考え方を知り、またスピリッツを与えてもらった。アートの仕事をしていると魅力を感じることが多い。アートが立場を超えて様々な関係を結んでくれる。ややもすると仕事であることも忘れてしまうほどに。

 あるプロジェクトの完了後にアーティストがおもしろいことを話してくれた。異なる事業者の複数の開発街区をトータルにつなぐアートの設置工事に際して、アーティストが自前のヘルメットをかぶり現場に入るたびに、ヘルメットには工事関係者であることを印すシールが貼られていった。その後、ある街区で工事していると、同じ現場に入っていた老職人から尊敬のまなざしで「おたくは何者?」と尋ねられたという。隣接しながら同時に建設が進む巨大な工事現場を「自由に往来するアンチャン」に、老職人は驚いたのである。
  「アートは既成の枠組みにとらわれず、縦横無尽に駆け巡る力を秘めている」

 またある時、建物や外構を整備する予算を利用して、ある島の子どもたちがセスナ機に乗り込み、自分たちの島を空高いところから眺めるワークショップが実施された。島を観察して理解することが制作上必要なプロセスであり、アーティストは予算を惜しむことなく、数十人の子どもたちを代わる代わる引き連れ、数回のフライトを敢行した。その時、建設予算が子どもたちのフライト代に変わるのは、アートだけであると確信した。
  「アートはプロセスを大切にすることで、夢をモノやコトに変える力を持っている」

 アートの仕事を通じて常に感じてきたことは、かかわるすべての人が立場を超えてつながり合うということであった。どこの馬の骨かわからない我々やアーティストを、建築やまちづくりにかかわる関係者たちは、純真無垢な気持ちで迎え入れてくれる。そして同じ夢を見ながら知恵を出し合い、障害を乗り越えはじめる。建築や土木のようにアートはシステマティックなビジネスでない分、パートナー意識がより醸成されるのかも知れない。
  「アートには領域や立場を超え、心と心を一つにさせる力が隠れている」

 アーティストと出会い、一緒に仕事をさせてもらうことは刺激的である。建築やまちづくりの仕事を通じてアーティストの感性が活かされる時、ある意味、異種混合により新種の美しい花を咲かせることができた研究者と同じような喜びを感じているのである。
  仕事柄、また立場柄、美術を専門とするアーティストと建築やまちづくりを専門とする人のあいだに身をおかせてもらったが、今回の執筆にあたってはあえて表に出る著者として、慣れない原稿書きに日々を費やした。この本を執筆できたのも、これまでにたくさんの人と出会い、様々なアートと建築、まちづくりの仕事をさせていただいたからである。そしてそこで知り合った方からの情報提供により、何とかまとめあげることができた。事例の掲載や情報の提供にご協力いただいた方々には御礼を申し上げます。
  また出版に際して経験のない私を、上手に導いていただいた学芸出版社の前田裕資さん、構想段階からいくつかの出版社に働きかけていただいた商店建築社の藤野一郎さんには、心から感謝します。

池村明生
二〇〇六年一月