都市田園計画の展望

「間にある都市」の思想

監訳者あとがき

 今、日本の地方都市圏の実態を冷静に眺めてみると、今までの、都市計画や地域計画の背後にあった、地域の空間イメージがまったく変わってしまっていることに気付く。中心都市は歴史的に持っていた主要な都市機能の大部分を分散させてしまっているので、もはや中心都市といえるかどうかすら疑わしくなっている。かつてたくさんの人口を抱えていた中心地は人口の空洞化が進み、すでに人の生活を支える機能すら失われてしまっている。かつての中心商業地も空洞化し、今、商業開発が進み、大量の人が流れているのは、農地のただ中にある郊外のショッピングモールや沿道に展開する専門店群である。線引きなどの手段でできるだけ人口をコンパクトに抱えこもうとした都市政策も、規制手段の実効性が弱く、特に自動車の普及と、公共交通政策の不在のために破綻をきたし、都市が広く拡散してしまった。だが、現在、まだ人口の年齢構成が比較的若く、自動車が自由に乗れる状況の中で、さらに、集中的な道路投資によって、車による交通が一番便利な状況の中で、今の都市生活に不満を持つ人は多くない。かつての街が持っていた賑わいや、文化的な深み、人間関係の暖かさなどの喪失を嘆くことはあっても、かつての街が再現できると思っている人は少ない。かつての街や田園の姿を支えていた社会経済的な条件がまったく変わっていて、元に戻す力がほとんどどこからも生まれてきていないからだ。だが、少子高齢化社会が到来する現実を前にして、このような趨勢を放置してよいものかどうか。
 街を形成していた家業型の商業は衰退し、後継者がいない商店街は不動産経営に乗り出すほかない。その最悪のシナリオが露天駐車場だ。だから、日本の地方都市の中心は駐車場で埋め尽くされている。農地の管理者もまた同様で、後継者がなく、高齢化している農業従事者に代わって誰が農地を守ってくれるのか。その展望がない。だから、資材置き場、廃棄物処理場、その他なんでも良いから、法の限界に挑戦し、土地を借りてくれる人を探し、農地の壊廃が進行し、田園風景は急速に荒廃しつつある。土地に執着し、土地の子孫への継承が強い動機となっていて、土地の管理に対して、地主、住民がこだわる時代はもう終わってしまった。今、現在の居住環境の保全にだけ気を留め、自分の土地や家屋が社会的な資産として次の世代に継承されていくという意識がない時代の中で、何のために都市を計画し、地域の計画的な管理をするのだろうか。今、人は、自分の人生、家族、地域社会、友人などの人間関係と都市、農村、地域という空間との間にどのような折り合いを付けようとしているのだろうか。日本社会の人間関係の危機は、人々の空間的な布置と無関係なのだろうか。
 かつては、都市計画、農業の政策に対する一般的な信頼があり、公共主導の計画が可能だった。また、事実、地域の開発が、公共投資を軸として展開されていたから、国を主動因とした都市計画、地域計画が曲がりなりにも成立していた。今、長すぎた民活主義の時代のお陰で、国を始め公共団体に対する信頼感は地に落ち、また、小さな政府が避けられなくなっているので、公共団体のリーダーシップ、第三セクターの介入の機会は極度に弱くなっている。欧米では、1980年代の民活主義の限界にすぐ気がついて、1990年代には、新しい計画の考え方に根ざした展開が進んでいるのに、日本は重い過去の頚木から逃れられないで、いまだに呻吟している。
 しかし、最近明るい兆しもある。地方分権の進展、景観法の成立は大きな前進であった。また、今の国会に上程されている都市計画法の改正案は、都市計画を広域化し、コンパクトシティーを志向した地方自治体の計画的な努力を後押しするものになっており、1968年の都市計画新法成立以来始めて、規制緩和型の慣性を脱却して、計画的な努力を助長するものとなっている。
 だが、すでに国土利用計画法と都市計画法を一体化して広域都市計画法を成立させ、また、建築法から集団規定を都市計画法に移して、着実な都市建築資産形成に取り組み始めた韓国の例に照らしても、私たちは、今、大きな分岐点にあって、さらなる努力が不可避であるように思える。
 だが、それは日本だけのことではない。グローバリゼーションの流れは世界を浸し、もっとも強固な計画システムを持っているドイツですら同じような悩みを抱えている。この悩みを非常に正直に語ってくれているのが、この本であり、以上に述べたような日本における私たちの問題意識とも重なる部分が非常に多い。
 現代の、このような都市拡散の現象を、まったく新しい歴史的な段階であるとして捉え直し、このような新しい問題に対する取り組み方は従来の計画概念では対処できないと指摘したうえで、そのような新しい人類の居住地をZwischenstadt(間にある都市)と名づけ、それに対するデザインをいかにおこなうべきか、どのような実践的な方法に依拠するべきかという主張を、ラディカルに展開しているのが本書である。
 著者のトマス・ジーバーツはドイツでも有数の都市プランナーであり、都市デザイナーである。非常に鋭利な頭の持ち主で、したがって彼の文章は中々難解である。しかし、彼の視野は広く、文明論的な広がりを持っているだけでなく、優れた都市プランナーとして、都市デザインについての強いパトスが感じられる。蓑原は、1979年にダルムシュタット工科大学で行われた日独都市計画シンポジウムで彼に会い、彼の鋭い知性に感銘を受けた。その後、1987年に行われたケルンのメデイアパークの設計競技者の一人として選ばれたのは、設計競技の審査員だった彼の推薦による。当時、清水建設にいた澤田誠二と共に、原広司、NTTと協同で応募した。それらの接触を通じて彼の見識、都市計画に対する情熱に強い刺激を受けた。遅まきながら彼の主著を翻訳できたのは非常に幸せである。
 ドイツ近代都市計画の実践に大きな成果を上げた彼の主張と、全く歴史的に異なった経路の中で発達してきた都市と農村を持ち、まだ近代都市計画が確立できていない中で、混沌とした都市形成を行ってきてしまった日本における私たちの主張が同じ地平にあるわけではないけれども、同じグローバリゼーションの大波に洗われて、多くの悩みを共有し、同じような解決策を模索しているという意味で、この本は、大いに参考になると固く信じている。
 特に若い人に読んでもらいたいという思いから、何人かの若い友人たちと手分けして翻訳した。ドイツ語に強い、澤田、姥浦の助けが頼りだったが、英訳が出ているのでそれも参考にした。最終的には、全体の統一を図るために、蓑原がすべての文章に手を入れて読みやすくした。翻訳の分担は以下のとおりであるが、蓑原が監修責任を負っている。なお各章の冒頭に、各章の要旨を取りまとめてある。

まえがき(蓑原敬)
第1章 人類の大半が暮らす生活空間(渋谷和久)
第2章 「間にある都市」とは(村木美貴)
第3章 日常生活空間の構成(村山顕人)
第4章 デザインの焦点となる「間にある都市」(小林博人)
第5章 新しい形の広域計画の展望(姥浦道生)
注(蓑原敬)
第2版へのあとがき(蓑原敬)
第3版へのあとがき(澤田誠二)
監訳者あとがき(蓑原敬)

 末尾ながら、この難解な翻訳本の出版に取り組んでくれた学芸出版社に感謝したい。蓑原の懇請を受け入れ、なんとか出版までこぎつけてくれた前田裕資氏の力添えに特に感謝したい。彼の助けなしにはこの本が陽の目を見ることはなかっただろう。