産業遺産とまちづくり


書 評

月刊『商工会』(全国商工会連合会)2004. 11
  建物などを保存する方法の一つとして動態保存という方法がある。これはその建物なりをもともと使用されていたのとは別の用途で使用しながら保存するというもの。これに対し、静態保存というのは美術館や博物館などの中で単純に保存することをいうが、本書によれば動態保存が無理な場合の最後の選択肢だということだ。動態保存というのは日本では比較的新しい考え方だが、町並みなどを保存していく動きが地域で活発化していく中で注目を浴びている。
  本書でも、廃坑になった鉱山や関連施設を博物館やアートスペースで残す試み、現役を引退した青函連絡船の再利用、大谷石の採掘跡の巨大な空洞を転用したり、煉瓦造りの倉庫を芸術家に貸し出したり舞台にするといったケースなどで取り上げられている。中には、瀬戸の窯垣のように、存在そのものの価値が見直されているものもある。いずれも面白い取り組みばかりだ。もともと工場や倉庫、廃坑などといった産業遺産は、法律で手厚く守られた京都や奈良などの寺社とは違うものだと考えられていたが、最近の古い価値観を再発見していこうという社会の風潮も併せて考えると、我々の身近にあった素晴らしいものは、もっと大事にされるべきだと思わざるを得ない。
  本書の扱っているテーマは学究的なものだが、この手の本には珍しく美しい写真が多用されている。また、読み手の興味と好奇心を巧みに引き出すような書きぶりにも好感が持てる。章を割いて取り上げられている産業遺産は、いずれも大がかりなものばかりだが、実際には、大げさに考えなければそういったものは、人が住み、暮らしがあったところには何らかの形で残っているものだ。巻末には郵便局、学校、橋、用水路、運河など、都市部でなくても身近にある産業遺産が列挙されている。日本のあちこちで生活の匂いが残り、時代の名残りを伝える産業遺産を残していこうという動きが広まれば、5年後、10年後には心のゆとりや生きがいを感じることのできるまちがもっと増えているかもしれない。
(聡碧)

『新建築住宅特集』((株)新建築社)2004. 11
  炭坑や鉱山の閉山に伴って使われなくなった建物や、航空機の普及や高速フェリーの登場に適わず廃船となってしまった連絡船など、産業構造の転換と共に消えつつある「近代産業遺産」について、今、保存の機運が高まっている。それも、単なる見学施設としてミイラ保存するのではなく、経済社会に新しい役割を担って甦るように活かす。すなわち、ほかの用途への転換、動態保存である。本書では、織物産業活性化時代に使われていた工場をスポーツクラブや多目的ホールに活用している足利・桐生や、ヨーロッパのまちを走っていた路面電車やボディに人気漫画を描いた電車を導入している土佐電気鉄道など、日本各地の動態保存例を紹介している。

『地方自治職員研修』(公職研)2004. 10
  「忘れられた文化資本」である近代産業遺産を地域資源として見直し、いまという時代に甦らせる挑戦が各地ではじまっている。本書は写真もふんだんに、美唄・夕張、足利・桐生、瀬戸・名古屋など全国10ヵ所の産業遺産保存の取り組みを取り上げ、「動態保存」という新しい潮流に解説を加えている。歴史的都市景観の視点から産業遺産を文化資源として保存するだけでなく、一つの産業資源として他用途に転用しながら、いまに活かす試みが紹介され、その意味と運用のコツが明らかにされる。

『室内』((株)工作社)2004. 10
  工場や倉庫、煙突、窯、発電所。有名な建築家が設計したわけでもなく、産業自体がその土地にいまも根付いているとも限らない。多くの建物は、B級建造物だと、著者の矢作弘さんは言う。これら産業遺産はスケールが大きく、それだけに維持費も膨らむ。では、後世にどう遺していけるか。矢作さんはカメラマンの末松誠さんと共に、日本各地にちらばる産業遺産を訪ね、活用方法を探っている。
  フランク・ロイド・ライトも好んだ大谷石の採掘現場跡を資料館にした大谷(茨城県)、赤煉瓦の倉庫群を工房やホールに転用した金沢市、かつての灯台を観光情報センターに変えた下関。産業とは街の歴史であり、施設をのこすことは街の歴史を未来につなげることである。煉瓦、石、力強く太い梁。材料そのものの魅力と、その建物が経てきた時間が互いを高めて、無名の建築は街の象徴にもなれる力を秘めている。しかし街並は刻々と姿を変える。変り果てて元には戻せない時まで、人々は気づかないことの方が多い。産業遺産を「無用の遺産」にしないためにどうすべきか。正解はひとつではない。これからも考え続けなければいけない問題なのだ。

(里)

『建設通信新聞』 2004. 10. 18
  精神的な豊かさにつながるとして、明治、大正、昭和に生き、それぞれの時代の空気を今に伝える近代産業遺産を保存する運動が、各地に広がっている。赤れんが倉庫や木組み構造の天井屋根が美しい紡績工場などの産業遺産は、産業構造の転換や生産性を追求する経営の要請から、古くなって使い勝手が悪いため取り壊されている。しかし、それでも残したい、というのが時代の流れでもある。
  それも単なる見学施設として保存するよりは、経済社会に新しい役割を担って甦るように生かす動態保存をしてほしいと願う人々が増えている。たとえば、穀物を保管していた大谷石積み蔵をブティックに転用したり、紡績工場をスモールオフィス・ホームオフィスに改造している。
  美唄・夕張、足利・桐生、金沢、舞鶴など国内10ヵ所の産業遺産を探訪した著者が、産業遺産動態保存の状況、まちづくりなどについて、産業遺産の歴史をひも解きながら、写真を交えて紹介する。
  また、産業遺産の持ち主の心情問題といった保存の難しさについても指摘している。
  そのうえで、近代産業遺産を破壊の危機から救済し、動態保存への道を開くためのポイントとして、@コミュニティに根ざした保存とすること A既存の観光資源とネットワークを形成し集客力を向上させること B産業遺産の全国ネットワークづくりの必要性 C動態保存で名を残す建築家やデベロッパーを輩出する素地づくり(教育) D産業遺産を理解するためのシステムとしての評価 E動態保存をまちづくりに活用するため政府、自治体の政策支援―6項目を挙げている。

『地域開発』((財)日本地域開発センター)2004. 10
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