本書は、2002年日本建築学会賞を受賞した「阪神・淡路大震災における被災・避難・役立った都市ストックと復旧・復興過程、復興都市計画諸制度、まちづくり支援に関する一連の研究」と題する5部25章の研究の後半がベースになっている。
前半はすでに『阪神・淡路大震災 被災と住宅・生活復興』として出版しているが、本序論では、取り組んできた研究全体の意義、目的について述べる。
阪神・淡路大震災は、死者6,400人、全・半壊、焼失家屋248,000棟、446,000世帯という未曾有の被害を与え、316,000人が避難所生活を余儀なくされた。インナーシティ、とりわけ木造密集市街地が甚大な被害を受けた。
大震災は我が国で初めてともいえる直下型地震であり、今後も全国の大都市圏で発生する可能性がある。大震災としてこれまでと共通する側面をもちながらも多くの点で様相を異にしている。
長田区等で大きな火災はあったが風はほぼなく、関東大震災のように火災で逃げ惑う状況はなかった。震災発生時が、都市活動の始まる前で交通の被害は少なかった。しかしながら、最も安全であるはずの住宅内で大多数の人の命が奪われるという悲惨な状況をみた。
また、水道、電気、ガス、鉄道など都市住民にとって不可欠なライフラインが途絶し、復旧に長期を要したこと、震災後の住民参加のまちづくりをめぐって行政・住民・専門家の役割が問われたことなどは極めて現代的な課題であった。
震災後、多くの研究が取り組まれた。震災は非常に不幸な事態であるが、被災から復旧・復興の全過程において、生起してきた問題は多くの課題を投げかけた。解明すべき課題に対して、その実態をできるだけ広く、深く、かつ具体的にとらえ、将来への教訓として明らかにしておくことが人類にとっての責務である。都市計画分野の研究においては市街地の復旧・復興プロセスが長期間にわたるだけに、今後とも粘り強い継続研究が不可欠である。
本研究は、都市計画を主たる専攻分野とする筆者が、そうした視点で取り組んだ総合的研究であり、大きく3つの部分から成り立っている。
第1は、地区という日常生活圏レベルでの被災・避難・役立ったストックと立ち上がり・復旧・復興過程を通してみた継続的な定点観測調査による追跡研究である。
ライフラインが断絶するなかで、地域は被災から復興にいたる基本的な単位、拠り所である。地域がどのように機能したのか、また機能できなかったのか。被災と被害、避難行動と避難生活場所の移動、役立った都市ストック、地域を離れることの生活困難、住宅再建と元の地域への復帰、生活と一体となった地域産業の問題など、被災から復旧・復興過程で生起した主要テーマについて、4地区の比較を通して明らかにする。
対象とする4地区は、芦屋市精道地区、長田区神楽地区、長田区二葉地区、須磨区西須磨地区である。定点観測的な継続調査を基礎として、被災から復興にいたるプロセスで生じる主要な問題、課題をできるだけ広く取り上げ、4地区比較により地域の階層性を客観的に明らかにしている。その方法と観点は、オリジナリティの高い研究といえる(この部分は『阪神・淡路大震災 被災と住宅・生活復興』第1〜12章として刊行)。
第2は、復興都市計画で実施された各種の都市計画制度を点検し、事業の評価を行った研究、第3は復興まちづくりで主として筆者が関わってきたまちづくり支援活動であり、本書『阪神・淡路大震災 復興都市計画事業・まちづくり』としてまとめた。
復興都市計画では、土地区画整理事業や市街地再開発事業などの法定事業のほかに任意事業である密集住宅市街地整備促進事業がいくつかの自治体で試みられ、密集地区で最も必要とされる生活街路整備に重要な役割を果たした。また、修復型の住宅地区改良事業やミニ区画整理事業も実施された。
周知のように、阪神・淡路大震災はモザイク被害、マダラ被害ともいわれ、震災後の復興には多様な事業が必要とされた。筆者は、震災復興で使われた全種類の事業を大きなエネルギーをかけて地権者・居住者アンケートを含む追跡調査を行いつつ、事業結果の評価を試みている。
それらの調査結果による教訓は、強制力のある法定都市計画から、より柔軟な事業へのパラダイム転換の必要性であることを明らかにしている。
第3は、筆者が関わってきた復興まちづくりへの支援研究である。今回の復興区画整理にみられるようにまちづくりは一方では事業と対立しながら、もう一方では事業・制度を必要とする。
その意味で第2、第3の研究は密接に関係する。まちづくり支援の研究ではカウンタープランの作成を通じて、あるべきまちづくりの方向を追及するとともに、行政・住民・専門家の関係と役割を明らかにしている。
第2、第3のテーマは、学問的にも実用的にも、また社会的にも貢献する研究成果である。
本書では学会賞受賞後の復興都市計画事業・まちづくりの進展や新たな知見も加えながらまとめ直したものである。また新たな事業、まちづくり事例も取り上げている。我が国の都市計画では、住民参加が不十分であり、官治的性格が強い。今回の都市計画事業・施策でも、中心になった区画整理などの法定計画では行政主導の傾向が強く、住民との軋轢がみられた。他方で密集事業などの任意事業では、住民合意が前提とされ、事業結果に対する住民の評価も高かった。
また震災後数年を経た段階で、神戸市では4m未満の細街路に対して中心線を確定し、4m未満のままでも舗装整備を行うという事業を密集事業地区でスタートさせた。必要とされる住宅再建がなかなか進まないのは私道を主とする4m未満道路での敷地境界と道路中心線が確定していないことに原因があるという重要な認識のもとに、制度化にふみきった。これは我が国の都市に普遍的にみられる細街路敷地の実態であり、都市計画以前の問題ともいえるが、都市計画の原点として重要である。
まちづくり支援の分野でも、行政に対してカウンタープランを作成していくことが重要な意味をもった。筆者は都市計画におけるパラダイム転換の必要性を痛感しており、本書からそうした点をぜひ読み取ってほしい。
2004年2月
安藤元夫
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