福祉のまちづくりキーワード事典

はじめに

ソサエティフォーオールで,みんないきいきと夢のあるまちづくりを


 まちづくりは多様である.時代や社会の動きによっても,取り組むべきテーマは変化している.実際,本格的な高齢化が進行する中で,社会環境整備の必要性が指摘され,各分野において精力的にその対策が講じられようとしている.当初,福祉のまちづくりとして展開されてきた,多くの地方自治体や地域での取組みは,車いす使用者や視覚障害者などをはじめとする障害者の生活環境改善を目指してきた.バリアフリーは,物理的な対応策にとどまらず,社会的,心理的な面においても展開されつつある.しかしながらこれまでの福祉のまちづくりのターゲットは高齢者や障害者への配慮が中心で,ややもすれば「人にやさしい」ことは誰かに何かをしてあげることで,「する人」と「される人」に区分されることが多かったようである.
  阪神大震災によってこれまでのまちづくりであまり意識されていなかった課題が明らかになったように思う.地域とのつながり,隣人とどのようにコミュニティを育んでいくかという課題である.仮設住宅や復興住宅における高齢者の居住環境としての問題は,これからの本格的な高齢化の進行する社会環境整備の課題にも通じることが多い.また,車いす使用者中心のバリアフリーではなく,視覚や聴覚に障害のある人などの情報障害への対応,内部障害者への対応はもとより,これまで以上に多くの人のことを考慮したまちづくりが必要であることが指摘できる.
  近年,ユニバーサルデザインを施策の柱に掲げる自治体が増加しつつある.文字通りユニバーサルデザイン(Universal Design)はすべての人にとって安全快適な環境づくりをめざす概念である.これまでのバリアフリーとの違いをことさらに強調するまでもなく,本来,あるべき方向性を示す考え方である.もともと「福祉」には「幸せ」という意味があるといわれている.ユニバーサルデザインはデザインフォーオール(Design for All)とも呼ばれるように,すべての人に役に立つデザインである.
  すべての人のためになることには誰もが賛成するだろうが,実際に具体的なことを実行するのは難しいことも多い.観念的にデザイン論だけを展開するだけではまちづくりはできない.計画やデザインを一方通行で押しつけるような制度や方法はもはや通用しない.ましてや基準や規制で誘導するだけでは限界があるし,一定の体制などの枠組みの価値観や許認可的な性能確保にも課題が残る.本当に求められていることが何か,これを実現する際に必要となるのは多くの利用者や市民の参加であろう.仮にその時点で満点のつもりで実現しても,時間の経過と共に不適合や不満足な部分が生じることに目を向けなくてはならない.社会の価値観や技術力も変化する.相対的に,より高度で合理的なシステムやデザインが求められる.絶えず謙虚で前向きに取り組んでいく必要がある.行政や企業など多くの組織ではそれまでの縦割りやマニュアル通りの対応では追いつかない.研究や開発においても,これまでの領域を越えた協力や新たな発想やアイデアが重要になる.
  ユニバーサルデザインのめざす社会を実現するためには,このような意識や取組みの革新が必要である.まちづくりの分野領域は広い.身近な住まい空間から地域や都市のレベルまで,ありとあらゆる生活環境に関わるものがさまざまな人にとってどのような関係があるのか,あるいはどんな意味を持つのかなど,これまで取り組まれてきたまちづくりのあり方を問い直さなければならない.
  市民が中心のまちづくりといっても,参加のしくみや問題解決への技術的なノウハウ,意思決定など,プロセスや方法論においても課題は多い.また,新たなまちづくりやプロジェクトを展開し,地域や組織でユニバーサルデザインにつながる効果や実績があっても,その関係者や地域だけのストックで終わってしまう場合や次なる世代や社会に展開していかない事例も多い.意外と身近なところにすばらしい環境や人材の資源があっても気付かれないこともある.最初のチャレンジを超えて,さらに次のまちづくりのステップアップを図るには,特定の情報や方法を固定化するのではなく,たえず柔軟に多くの取組み事例や考え方から,共に学ぶという姿勢が大切であろう.そのため関係する対象は広く,多くの人との協働(コラボレーション)が大切である.
  このようにユニバーサル社会の実現に向けた環境デザインの領域は多岐にわたると考えている.本書は福祉のまちづくりのさらなる進化を期待し,ユニバーサル社会の実現に関わると考えられるキーワードを抽出し,分類整理したものである.福祉のまちづくりを取り巻く近年の動きと成果を中心に,とりわけバリアフリーからユニバーサルデザインへ,ハードからハード+ソフトへと展開する時代の動きに焦点をあて,狭義の福祉ではなく,環境や文化の領域にまで関連するキーワードを扱っている.紙面の都合で十分に説明し尽くせない部分や今後の進展の中で,さらに明確化される部分もあることをお許し頂きたい.あえて現時点で紹介し,これまで多くの分野で取り組んできた人はもちろん,大学や関連する学校で学ぶ人をはじめ,福祉住環境コーディネーターをめざす人,福祉のまちづくりやユニバーサルデザインなどについて勉強していこうとする人たちに,さまざまに展開しつつある考え方や取組み,事例などを示し,理解を深める基礎資料を提供することをねらって企画したもので,ユニバーサル社会の環境デザインのネットワークをめざすNATS環境デザインネットワークにおける研究会ワークが発端である.
  本書のタイトルには「ユニバーサルデザイン」でなく,「ユニバーサル社会」という言葉を用いた.その真意は特定のデザインにおける問題ではなく,本来の福祉がめざす誰もが幸せになる社会を実現し,「ソサエティフォーオール(Society for All)」の概念のもと,みんなで夢と活力のあるまちづくりをめざすためのキーワードを提示しようと考えたからである.
  特にはじめから読む必要もなく,原則見開きで構成された関心のあるキーワードのページを参照していただくとよい.これ以上の詳細な内容の検討は示された参考文献をはじめ各領域における専門的な資料を参照していただきたい.本書において紹介した概念や事例の成果は,参考・引用させていただいた多くの方々の知見に基づくところが多い.ここに厚く感謝申しあげる次第である.
  本書が,新たなまちづくりの可能性を考え,いきいきと夢のあるユニバーサル社会の実現に向けた環境デザインや手がかりを探る一助となれば幸いである.
  最後になりましたが,資料の整理などに協力頂いた土居真由美さん,そして本書の出版にあたり,多大なご尽力を賜りました学芸出版社の前田裕資氏ならびに越智和子氏,知念靖広氏に深く感謝申しあげます.
2004年1月

   阪神大震災10年目を迎えた神戸にて
   田中直人