なぜ僕らは今、リノベーションを考えるのか

あとがき

僕らがリノベーションという旗印で仕事を始めて約20年。今では建築だけでなく、さまざまな文脈でこの言葉は使われ、身近な存在になっている。中古住宅を手に入れてDIY で自分らしい暮らしを作ることはもはや当たり前の住環境の選択肢だし、賃貸住宅やシェアハウスなどで住民同士が一緒になって住まいや暮らしを楽しくする工夫をし、素敵なコミュニティを醸成していることも珍しくない。与えられた環境をいかに楽しく住みこなすか、使いこなすか。その精神そのものがリノベーションだ。使いこなすのは空間や建築だけでなく、お金や制度や人間関係や。知恵やセンスやアイデアで、いくらでもオンリーワンの価値や可能性を広げられるのが、現代の暮らしのデザインだ。

賃貸マンションの一室からスタートしたぼくらの仕事も時代の流れの中で少しずつ、確実にシフトチェンジしてきた。暮らしこなし方、使いこなし方について考える対象も、今ではまち再生や団地再生のように規模の大きな案件のご相談に広がりを見せている。日本の家もまちも人々が暮らす環境として同じ社会課題が問われているのだろう。先人から与えられた社会環境のストックを、これからの時代にどう活かしていくか。活かし方に定石は無い。この本にご紹介したプロジェクトには、一つ一つに個性的なオーナーさんがいて、それぞれの置かれた環境に唯一の物語があり、それらが自然の成り行きのようにいきいきと次の世代のために、滑らかに住み継がれて行く道を、ぼくらもオーナーさんも、一緒になって模索してきた。その蓄積は、ブルースタジオがより応用的な解答を迫られるときにも軸をブラさずにいられる、まさに今もって伴走してくれる礎のように感じられる。

「善く行く者は轍迹(てっせき)なし」という。これも老子の言葉だ。建築の仕事は僕らの手が離れてからが本当のスタートであり、真価はその後の蓄積に問われるものだ。僕らはきっかけをデザインしているに過ぎない。竣工以降、素晴らしい状態で、当事者として空間を使いこなし、更にその環境を熟成させているオーナーの皆さんには本当に頭が下がる。そしてまた、この本を制作するにあたって多大なご協力を頂いたことに感謝したい。

書籍を出すきっかけを与えてくれた金沢工業大学の宮下智裕先生、学芸出版社の知念靖廣さん、中木保代さん、井口夏実さん、僕のサポートをしてくれた尾形比呂美さん、大堂麻里香さん、そして筆不精な僕をいつも激励してくれた田中元子さん。心から感謝します。また、今日まで共に歩んでくれた最大の理解者でありパートナー大地山博、そしてブルースタジオのスタッフたちにも、この場を借りて御礼します。

この本がお読みくださった方々にとって、何らかのお力添えになれることを願いつつ。

大島 芳彦