そのまま使える 建築英語表現


英語の電話が取れますか?

 2001年に私は単身渡英したのですが、実務経験も英語力もほとんどありませんでした。何とか就職先の設計事務所を見つけたものの、すぐに電話恐怖症に陥っていました。デスクの電話を取り上げれば、当たり前ですがネイティブの相手は容赦ない英語でまくしたててきます。私はしどろもどろになり、なんとかやり過ごし、受話器を置くと落ち込みました。それを繰り返しているうち電話恐怖症になり、電話が鳴ると急に書類を探すふりをしたり、トイレに立ち上がったりしてごまかしていました。しかし、一人留守番をして、いよいよ受話器を取らざるを得ない状況では背中に冷たい汗を感じながら対応したものです。
 こうやって始まった私の海外勤務経験は12年間にわたりました。渡英前の英語力は所詮日本の英語教育によるものでしかありません。ですから本書に紹介される英語は建築の実務を通して培ったものと言えます。
 本書を手に取った方は、既に日本から海外プロジェクトに携わることで現地の設計事務所と協働して仕事を進めているかもしれません。また、留学や海外就職という野望を胸に秘めているのかも。あるいは最近ではネットを通じた海外メディアへの情報発信に向けてプレスリリース作成に迫られているのでしょうか。いずれにせよ、言語は具体的な必要に迫られてこそ身に着きます。
 このような本を出版していて逆説的ですが、英語を身に着けるには仕事の現場で嫌な思い、悔しい思い、そして冷や汗をかく経験を積み重ねることが大切だと思います。それでは、現場で英語を活用する機会がなければ永遠に身につかないのでしょうか。私自身を振り返ってみれば、やはりその時に備えて準備をしておくに越したことはない、と感じます。
 英語のコミュニケーションスキルである「聞く」「話す」「読む」「書く」の4つのうち、独学が可能なのはインプット系の「聞く」「読む」でしょう。まずこの2つのスキルをある程度身に着ければ、アプトプット系の「話す」「書く」に対しても多少余裕を持って対応できる。電話の受け答えだって、少なくとも当時の私よりは自信をもって臨めるはずです。
 本書では建築の実務現場、設計からプレゼンテーション、施工の現場までプロセスに沿った85の場面を想定し、私自身の経験をもとにできる限り具体的な会話例を集めました。
 読者の皆様が世界の建築現場で活躍するときに寄り添うお守りのような本を目指しました。
2016年8月 山嵜一也