そのまま使える 建築英語表現


異なる言語を手に入れることは、異なる考え方を手に入れること

 異なる言語を手に入れるということはどのようなことなのでしょうか。
 母国語ではない外国語を身に着ける過程には「自分が本当に言いたいことは何か」を問い直す瞬間や、日本語でコミュニケーションしているときには気付かなかったことを発見します。同様に外国語を身に着けることでコミュニケーションできる相手の数も増えます。私自身、渡英前には予想しなかった考え方、働き方、そして生き方が世界にあると気付かされました。
 実務経験も英語能力もほとんどない中で渡英した当時、もし本著のようなコンセプトの本があったら、私の英国での英語力や仕事の経歴は違ったものになっていたのではないかと思います。そのような一人の日本人が海外の建築現場で肌で感じた疑問やそこから身についたコミュニケーションスキルを本著には多く盛り込みました。
 仕事現場のシーンを想定した本著は学生の読者にとっては少しイメージしづらかったかもしれません。しかし、お金を払って生活する海外留学と、お金をもらって生活する海外就労では世界の見え方が180度変わります。英語が通じなければクビになるという緊張感の中で働くことに是非チャレンジしてみてください。職場のリアルな様子はイギリス人の働き方について述べた拙著『イギリス人の、割り切ってシンプルな働き方』(KADOKAWA)に詳しく綴ったので、実際に海外の事務所で働く機会や協働する時には本書と一緒に参照してみてください。接し方や考え方のヒントになるはずです。
 本書の始まりは「海外で働く日本の建築業界の方に向けた本を作りませんか?」という学芸出版社・編集室長である井口夏実さんからのメールでした。作業は建築実務の現場を思い浮かべながら日本文を書き出し、そこに英文を加えるという、気の遠くなるものでした。しかし、敏腕編集長の繊細な手綱さばきと大胆な校正によって本書は完成しました。お礼申し上げます。
 はじめにでも書いたとおり、やはり外国語を身に着けるには建築の現場でのコミュニケーションを通して嫌な思い、悔しい思い、そして冷や汗をかくのが一番の近道になるはずです。世界を相手に働く日本人建築士たちにとって本著がその役に立つのならば、著者としてこれほどの喜びはありません。
2016年8月 山嵜一也