桂離宮・修学院離宮・仙洞御所
庭守の技と心

揺らぎの言葉―あとがきに代えて


 以前、私たちは学んでいた大学の桂離宮庭園実習で、技官の川Pさんに出会いました。実習の合間、川Pさんはとつとつとした口調で木への思いやりを語って印象深い方でした。その後、全国造園女性技術者の会の主催による川Pさんのセミナーに参加し、仲先生にお声掛けいただいて本書の企画に携わらせていただきました。

 川Pさんの話は、自然の恵みに対する深い感謝がにじみ出ています。しかし川Pさんの言葉は、文章の枠に入れようとするとはらはらとほどけてしまい、肝心の答えが霧散してしまうことがありました。長年の知識と経験は渾然一体となり、庭という生きものを相手にする精妙さゆえに、理論だけでは意味をなさないのでしょう。今回、私たちはここぞとばかりに真意を引き出そうとしました。川Pさんはこちらの無知にあきれることもなく、つねに熱心に解説してくれました。

 おそらく造園現場ではこれほど優しくはないでしょう。「技術とは盗むもの、教えられるものではない」とご自身も口にされるように、この仕事は植物のふるまいや先輩の所作を真剣に観察し自身で考え進むもの。「一発透かしの川P」という称号のように、川Pさんの厳しさは本にもしばしば顔を出しています。それは、植物を思うゆえの迷いのなさ、不真面目に対する憤り、無駄遣いを正す苛烈さからです。そして自分にも厳しく、枝を透かす時には、どの角度から見ても不自然にならぬよう、周囲の視点場を全て確認して決めていたそうです。その努力の甲斐あって、枝を透かした時どう見えるかは、三六〇度、勾配の高低も合わせて、立体的に想像できるようになったと話してくれました。

 やがてわかったのは、川Pさんは細部から伝わるさざ波のようなものに惹かれるということでした。庭の美について語る時、川Pさんは「揺らぎ」という言葉を時折使います。ポジフィルムとデジタル合わせておそらく何千枚という川Pさんが撮影された写真についても、光、水、風、石、命の一瞬を切り取りながら、それぞれが愛おしく取捨選択が難しい様子でした。

 本書を通じて、川Pさんと私たちは、桂離宮、修学院離宮、仙洞御所のさやけき揺らぎの世界をなるべく素直に差し出そうと努めて参りました。これら宮廷庭園の美を末永く後世に伝え護ることが叶いますように、本書がその一端を担うことができれば、私たちにとってまたとない喜びです。
 最後になりましたが、この本が完成したのは、編集の中木保代さんの忍耐強い励ましと導きのお陰にほかなりません。また、関係者のみなさまには、多方面よりご支援いただきました。ここに深く御礼を申し上げたいと思います。

藤津 紫、中川郷子