改訂版 和風金物の実際
デザインと使い方

改訂版へのまえがき


 1995年の大震災の頃から本の制作に入り、初版は1998年に世に出していただきました。ありがたいことに、その後わずか5年で初版本は完売に至りました。その間、ご高覧いただいた方々、またいろんな方面から御意見を寄せていただきましたことに、まずお礼申し上げます。
 数々のご功績を残され、室房吉さんが逝かれたのは2006年。世の中には、新しい風が吹き始めていました。自信を失いつつあった日本人がスクラップ&ビルドの時代を反省し、日本の歴史的な環境を守り、広く活用していこうとする動きです。そのためには、安易に新しいものに更新させるだけではなく、まず目の前のものに眼を向け、昔からそこにあるものの意味を問わねばなりません。そうして、ものからひと、そしてまちづくりへと広がりをもった価値観を地域で共有しようとするものです。
 1996年に施行された「文化財登録制度」が建築界の歴史的建造物への覚醒を大きく促すきっかけでもありました。
 このたび、多くの方々から再版をとの声を勇気に、日本文化が育んだ一側面ながら「和風金物の世界」を伝えることで、先人が長年培ってきたセンスとノウハウを見直そうと、学芸出版社の後押しを受け、改訂版にいたることができました。初版の折には室さんの目と言葉が文になりましたが、今回は自分の足で各地の金物を拾い上げ、室金物株式会社の監修を経て、自らの実感が文になりました。
 初版にはなかった「数寄屋」と「町家」を新しいカテゴリーとして組み込みました。そうして少しでも多くのカテゴリーを網羅することで歴史的建造物の保存・活用の場でも活かせるよう、また和風金物のきらりと光る姿をデザインソースの参考としていただけるよう写真や図版も増やし、金物リストも大きく更新いたしました。
 誇るべき日本建築のよさを小さな金物から見ることで、大きな環境空間を丹念に創っていくことに結び付けて行けたら良いと考えています。
2013年8月   
稻上文子
 
初版へのまえがき


 京都という土地柄のため、神社・仏閣をはじめ、京都御所や桂離宮、修学院離宮、茶道の家元や多くの茶室、また、歴史ある町家や蔵など、数々の和風建築に囲まれて暮らしている。しかし、いざ和風建築を設計するにあたり、なにもかもわかっているつもりが、何ひとつ自分のものになっていなかったことに行き当たる。
 そういったなかのひとつが和風金物で、建築の用途に応じて、さまざまな様式や決まりごとがあることを知り、驚かされる。一見様式化されてみえるが、実はちゃんと機能に基づいていて、しかも建築のなかで美しくおさまっている。ときには建物の荘厳さを示すために必要な装飾的な金物があり、また建具の開閉を助けるのに必要な機能的な金物がある。どちらももとは木造建築の弱いところを補うものであり、木造建築との美しい共存をめざしたものである。
 ここでは、和風建築のなかの金物を建築の用途別にとりあげ、とくに茶室金物については、茶事の流れにそってその用法も記した。
 多くの和風金物を、美しい古建築のなかからとりあげることで、古建築を見るときの新しい切り口としていただきたいことと、和風金物の機能と用法を知ることで、建築のなかのひとつのエレメントがどう建築に溶け込み意味をもつか、そしてなによりも、どう美しくおさめるかを感じとっていただき、和風建築のみならずどんな建築の設計のときにでも役立つことを願っている。
 また本書は、私が和風金物と出会うきっかけとなった京都の和風金物の老舗「室金物」の室さんからの資料提供と、用法のご教授をいただいてはじめてできた本である。本当は、読者となられたすべての皆様に、室さんと是非お出会い願い、この方の魅力に直に接していただきたいと切に願うところであるが、すくなくともこの本を通じて、室さんの「金物の知恵袋」と生きざまの一部にふれていただくことにより、皆様の和風金物への一層の興味につながれば、本当に幸いである。
 技術書の域にとらわれない本として、ひいては、和風金物の手引書よろしく、実用書として座右ならず小脇においてかわいがっていただけることを、心より願うところである。
1998年1月吉日    
稻上文子