改訂版 和風金物の実際
デザインと使い方

あとがき


 家具屋さんがたくさん並ぶ京都夷川通の町家に室金物があった1980年代、私は初めてその敷居をまたぎました。
 低い軒の薄暗い店の奥から私を迎え、「へいっ、いらっしゃい」。そうして目が慣れてくると、もう一層深いところに、数々の金物の入った小箱が所狭しと積まれていたことを思い出します。
 金物についてお尋ねすると「へい、へいっ」と、私のような若輩のもののいうことにでも、親身に耳を傾けてくださりながら、「まあ、聞き、おっさんのいうこと。こういうときはなぁ……」と机の上の、広告や書き損じをメモ紙にしたものに、鉛筆でつらつらとスケッチを始めて、講釈師のような、呪文のような口調で細かくその用法を教えてくださったものでした。横からやさしい妹さんの声がときどき助け船のように入り、心底納得してその金物を分けていただくこととなりました。
 ときには抹茶を点ててくださり、いろんなことを教わったあとにはいつも、「わかったからというて、えらそうにしたらあかんで。若いモンはなぁ、知ってるからいうて、ひけらかしたらいかん。そうしてて、誰にも負けんよう、よう勉強して、何でも知ってて、そんで、なんでも感謝と真心やで」とおっしゃったのでした。
 その後、周囲の先輩建築家方のすすめもあり、室さんの心の金物(=宝物)を本にと、初版が出たのが1998年でした。
 その後は金物という「小さな窓」から「大きな建築」を語れたらとの希望を胸に、たくさんの古建築を訪門し、多くの発見がありました。改訂版の出版という好機をいただくにあたって、改めて初版制作の折に御世話になった方々に感謝するとともに、このたびは室金物の監修を得、再び名建築の写真を相原功さんから提供を得る光栄をいただきました。また編集に際し、産休の間もご助言くださった学芸出版社の永井さん、緻密な編集に注力いただいた越智さん、「今、誰に何を」伝えるべきかを啓示してくださった井口さん、写真協力に一緒に町を歩いてくださった松本崇さんに心より感謝の言葉を申し上げたいと思います。
 最後に、改訂版の出版は私にとっては次のステップへのスタートになります。今後も室さんの言葉通り、先人の言葉を大切に謙虚に皆様の声をいただきながら、奈良言葉で言う「ええ風(かざ)する」方向へと自分の手と足で建築を紡ぎ、それを伝える道に進むことになると思います。
 ありがとうございました。
稻上文子

 
ごあいさつ


 前著『和風金物の実際』は、亡き前会長の金物人生の集大成ともいえる本でございました。今でもお客様より和風建築の金物を選定する際にご活用いただいているとのお声をよく耳にし、本当に有難いことであると考えております。
 この度、改訂版として再び発刊されることになりまして、ご尽力頂きました稻上文子さん、学芸出版社の皆様に厚く御礼を申し上げます。
 弊社和風金物製品は、お陰様で日本全国の数奇屋工務店様、建具業者様、設計事務所の先生や個人的に金物がお好きな一般の方々まで、国内だけでなく、海外からもご用命を頂いており、弊社の大きな特色の一つでございます。和風金物の多くは今でも職人による手作り品がほとんどで、機械製の大量生産品にはない個性や温かみがございます。和風金物を効果的にお使い頂くことで建物の風格やお部屋の雰囲気が一段と良くなると思います。
 遠方からわざわざ足を運んで頂いたお客様の中には、陳列された和風金物をご覧になるなり「手作りのこんないいものが京都にはまだあったのですね」と驚かれることが多々あります。そのたびに弊社のPR不足を感じるとともに、多くの皆様にいい製品(ほんまもん)に触れて頂き、その魅力を知って頂きたいと思います。もちろん弊社でもメーカー機械製の廉価品も扱っておりますが、お客様の選択肢として、手作りのいい製品からメーカー品まで、ご希望やご予算に応じてお選び頂けることが大事なことかと思います。
 ただ、弊社におきましても他の伝統工芸と同じく、職人の高齢化、後継者不足が進んできております。職人がいなくなり、製品ができなくなりますと、それはいつしか「世の中から無いもの」になります。和風金物文化をなんとか次代へと繋げるために、和風金物の魅力を発信するとともに、最近では古い建物や町家を改装した商業施設、カフェや飲食店が増えてきましたので、そういった所に和風金物の新たな使用方法を提案して参りたいと考えております。
 お探しの和風金物がございましたら、今では電話やFAX以外にEメールを通じて写真や図面をお送り頂きお問い合わせ頂ける時代になりました。弊社の数万点の在庫品からお探しし、もし在庫品にない場合は数十軒ほどございます職方で別注品としても承ることもできます。お気軽にお問い合わせ頂ければと思います。
 この「改訂版」が、皆様にとりまして金物選定の際のお役に立ち、また新たに和風金物の世界に興味を持って頂く一助となれば幸いでございます。
室金物株式会社 代表取締役社長     
室 公博