楽しき土壁
京の左官親方が語る

まえがき


京の左官職に生まれた佐藤嘉一郎さんは、ただひたすら土を塗る職人としての人生を送るはずだったのかもしれません。しかし、旺盛な学習意欲から、鏝をにぎるだけでは飽き足らず、何か勉強をしたい、と思っていたときに重森玲(みれい)さんと出会ったのでした。佐藤さんは私淑する重森さんに茶の湯を習い、庭園を学びました。全国を歩き、茶や花、石、土など実に多くのことを学んだといいます。現地に行って現物を見て学ぶことを重森さんに教えてもらったのでした。

佐藤さんのインタビューも、はじめは生い立ちや戦中のご苦労、修業のことなどを仕事場でお聞きしていたのですが、それではもの足りず、現場に行って土壁を見よう、とわれわれを誘ってくれました。現場に立って土に対峙せな土壁はわからへん、と諭されたのでした。紙面の都合で、今回は京都の数か所の土壁しか紹介できていませんが、ここは見ておかなあかん、と紹介してくださった土壁はまだまだたくさんあります。お話は尽きませんが、それは次の楽しみにしておきましょう。

健康的で耐火性も高いのに、なんで土壁を評価してくれないんやろ。佐藤さんは悔しそうに話します。でも、いまようやく土壁の良さは見直されつつあるのではないでしょうか。土壁を現代の、そして未来の建築現場の要求にも応えられる素材にするのは我々に課せられた宿題なのです。

土壁三昧。佐藤さんの人生はまさに土まみれの人生だったのかもしれません。佐藤さんの、あの細くながい指はいくつもの壁を鏝で押さえつづけてきた職人さんの厳しさを物語っているのでしょう。土壁の職人になることは無理かもしれません。でも学ぶことは実に楽しい。佐藤さんといっしょに楽しい土壁歴遊をしませんか。

矢ヶ崎善太郎