町家棟梁
大工の決まりごとを伝えたいんや

はじめに


荒木棟梁からの聞き取り作業がはじまってまもなく、東日本の大震災が発生しました。

テレビの画面のあの悲惨な映像に、自然の前では人為がいかに無力であるかを思い知らされたのでした。

しかし、これまでの建築の歴史をみると、我々の先祖たちはいつの時代も災害を被(こうむ)るたびに、それを克服ための創造力が喚起され、そこに新しい技術や意匠がうまれてきました。

京都でも伝統的な町家が年々減り、地域コミュニティの様態もかわりつつあります。今こそ、都市住宅としての京町家を見直し、そこに発揮された大工の仕事に、さまざまな知恵と工夫を学ぶことが急務であるといえましょう。

インタビューの最初に、荒木棟梁から「施工マニュアル」と書かれた私家版の冊子を手渡されました(一八〇ページ参照)。ただ黙々と鑿を叩く。そんな寡黙な職人はだしそのままの荒木棟梁ではありますが、多忙な仕事のかたわら、こつこつと貯めてきた家づくりの極意を、スケッチと文字で書きとどめていたのでした。これこそ「京町家の技を若いもんに伝えたいんや」というお気持ちが強く込められた一冊でした。そんな荒木棟梁のことばに耳を傾けてみませんか。

「気恥ずかしい」とおっしゃりながらも、まずは生い立ちや自慢話をポツポツと語りはじめてくださいました。興が乗じてきたら大工の技と矜持を多弁に、そして声高に語ってもらいましょう。
矢ヶ崎善太郎