建築デザイン発想法
21のアイデアツール

はじめに

本書は、「建築・都市・プロダクト分野」のデザイナーや学生諸氏向けに書かれた「発想法」の本です。最初に「発想法ってそもそもなに?」という方にお応えしておきますと、発想法は英語に直すとWay of thinking、つまり「思考の方法」のことを指しています。
 
基本的に、デザイン活動は頭脳を使って行われています。そうした意味で、デザイナーは考えることを仕事としています。しかし、仕事として思考し発想するにあたり、皆さんはペンやスケッチブックといった道具に加え、「思考の道具」を持っているでしょうか。基本的に、ただ紙やパソコンの前に座っていても面白いアイデアは浮かんできません。オリジナルなアイデアのためにはヒラメキの道具が必要です
 
私たち人間は、日常的に頭脳を使って何かを思いついています。スケッチなどのデザイン作業の最中にも、あなたのアタマは絶えず何かを発想しています。こうした「思いつきのステップ」を手順化し、精選したものが発想法であり、これに忠実にしたがって考えを進めると、思考が自然とクリエイティブな方向に流れていく効果が出ます。
 
一方、発想法の本をすでに手に取ったことのある方は、もしかすると、次のような疑問を持たれるかもしれません。「発想法って、広告企画や商品開発で使われる技法じゃないの?」と。確かに以前はそうした傾向が強かったと思います。しかしここ10年ほどで、状況は少しずつ変わってきました。書店の棚先には、近年、あえて分野にとらわれることなく、「考えること」には秘訣やテクニックがあることが当然であるかのように、多種多様なノウハウ・技法を紹介する本が並ぶようになりました。デザインの世界でも、有名デザイナーやデザイン・プロデューサーの発想プロセスを紹介する書籍が出てきています。今後10年くらいで、現役デザイナーやその卵たちが、積極的に「思考の道具」としての発想法を学んでいく必要性が高まっていく可能性すら感じさせます。
 
これまでは、仕事場や演習室で、「面白いアイデアを考えてみてくれ」と言われたことはあっても、その具体的なやり方を誰も教えてくれませんでした。現実の世界では、アイデアの面白い人、そうでない人がいるにも関わらず……です。こうした中で、人より面白いアイデアが出にくい人は、「俺には才能がないから……」と諦めてしまっていたかもしれません。
 
しかし、諦める必要は全くありません。アイデアマンになることは後天的なものです。ちょっとしたノウハウやツールを知ることで、発想がものすごく楽になり、その成果を上げることが可能です。本書を読めば、才能や置かれた環境よりも、むしろ自らの意識の方が大切であることがお分かり頂けると思います。
 
以上の考えは、約10年程度の実証研究の結果を踏まえたものです。発想法を用いた人の方が(用いない人に比べて)最終提案物の評価が高く、発言力も増えることが実証されています。と同時に、技法を強制的に使ってもらうと、スケッチ習慣などの学習・教育効果があることも確認されました。さらに初めて発想法を使った人のほとんどが、「また使ってみたい」とアンケートで応えています。
 
本書は、こうした活動成果によって得られた知見をベースに、発想法を思考技術として、少しでも多くの方に知って頂くことを企図して構成されました。第1部では、発想のための基礎知識が14のエッセンスとしてまとめられています。第2部では、数ある発想法の中から、デザイン思考にも活用可能な21の技法を、研究室独自のリファインを加えて紹介しました。デザイン系の教育現場では、第1部を講義教材として、第2部をちょっとしたアイデア出しや発想トレーニングの演習マニュアルとして活用していただけると思います。
 
発想の魅力は、問題を鮮やかに解決した時の達成感や、アイデア発散時のドライブ感、人にナルホド!と納得してもらった時の喜びなどがありますが、そこに通底するのは、「発想すること自体の楽しさ」そのものです。本書が、デザイン行為が本来もつ「楽しさ」を深めるきっかけとなり、その結果として最終的には、人間環境の新たなビジョン構築に向けた一助となれば幸甚です。
 
 2009年7月
平尾和洋