医療・介護・建築関係者のための
高齢者の住まい事業 企画の手引き

はじめに―高齢者の住まいの事業化をお考えの方々へ―
注目を浴びる高齢者の住まい
 高齢者の住まいに対する関心が急速に高まっています。最近の新聞報道でも典型的な内容のものが見られます。
 一つは、ある不動産コンサルティング会社が2010年までに高齢者住宅を1700戸新設するというものです。その高齢者住宅は大浴場や医療施設を備えており、体が不自由になっても自分の部屋で介護を受けられ、入居一時金は2000万円〜1億円程度、月々の利用料は15万円〜20万円というものです。新聞報道ですから、これまでの様々な施設とどのように違うのか具体的には分かりませんが、記事では高齢者住宅市場の広がりを次のように強調しています。
 「2007年度から3年間で定年を迎える団塊の世代は約280万人。退職金の合計も35兆円に達する見通しで、高齢者向け住宅市場のすそ野は広いと見ている」(日本経済新聞2007年5月2日)
 もう一つは、「最期は我が家で」というタイトルの記事(読売新聞2007年5月2日)です。現在自宅で死亡する方の人数は13万人で、全体の12%に過ぎません。病院で亡くなる方は86万人、全体の80%に当たるのですが、今後在宅での医療をサポートするシステムを有効なものにして、自宅で亡くなる方の割合を増やしていこうとする内容です。
 厚生労働省は24時間体制で往診できる診療所を在宅療養支援診療所として診療報酬で優遇する制度を2006年度から導入しています。現在全国で1万ヶ所以上の診療所が登録していますが、有効に機能しているのは3分の1にも満たないのではないかと言われています。
 この在宅療養支援診療所を機能させ、各診療所が年間20人の方を在宅で看取れば、合計20万人の方が、最期まで我が家で暮らすことができるという構想です。
 この二つの記事は、高齢者の住まいを取り巻く大きな流れを表しています。補助金に頼った施設作りから多様な高齢者の住まいの展開、そこへの民間資本の参加、在宅医療・在宅介護の充実などです。2007年4月からは医療法人も有料老人ホームや高齢者専用賃貸の事業を行うことができるようになり、高齢者の住まいへの関心は、様々な分野で高まっています。
 そこで本書は医療、福祉、建築など高齢者の住まいに関心を持たれる方が、事業企画をされるに当たって、知らなければならない基礎知識、事業の特殊性、これからの見通しなどを、実際に私どもが行っている企画提案に沿って説明していきます。

どうやって情報を集めるか
 高齢者の住まいを計画する場合、わが国の高齢者の状況、また住まいの状況などを知ることは大事なのですが、それとともに、高齢者に対する国の施策がどのような状況にあるか的確に把握しておくことが必要です。
 特に医療や介護を取り巻く状況が刻々と変わり、それに伴って、国の施策も日々変化しています。情報公開の流れの中で、どのようなことが審議されているかが私たちにも分かるようになってきました。厚生労働省の審議会、検討会、課長会議などの資料や通知はほとんど開催と同時にホームページ(http://www.mhlw.go.jp/)に掲載されています。
 医療・介護の関係者が日常的に検索し、情報を得ているのは「ワムネット(WAM NET、http://www.wam.go.jp/)」です。
 ワムネットは独立行政法人福祉医療機構が運営している、福祉・保健・医療の総合情報サイトです。毎日1万人以上の人がアクセスしています。この中の「行政資料」の頁を見ていれば、どのようなことが審議され、どの方向に施策が進むのか見えてきます。
 さらに、「厚生政策情報センター」(http://www.wic-net.com/)のように、このような情報を有料で流すサイトもあり、私たちも利用しています。そのようなサイトのメリットは、関係する情報を網羅してくれますので、見落としがなくなることです。
 このように、高齢者の住まいを計画するには、毎日の情報チェックが不可欠となります。

第3期介護保険事業計画
 国全体の流れのチェックとともに欠かせないのが、計画地の状況把握です。計画地の高齢者を取り巻く状況を把握するのは比較的容易です。それは各行政が「第3期介護保険事業計画」を立て、発表しているからです。
 わが国の高齢者への介護などの施策の基本的な方向を決めたのは、2003年に発表された「2015年の高齢者介護」というレポートです。詳しい説明は後の章で行いますが、このレポートに盛られた精神に基づき、国が2006年から2008年までの期間の介護保険事業計画の骨子を決めました。それに基づき各自治体が、その地域に合った介護保険事業計画を策定し、2006年3月に発表しています。ほとんどの自治体ではホームページに掲載していますので、まずこの事業計画を精査することから計画はスタートします。どの自治体でも200ページ前後の充実した内容となっています。

状況把握はあくまでもスタート地点
 基本的な情報を得ることは、このように比較的容易になったのですが、これで計画ができるわけではありません。高齢者の住まいは、マンション事業と形は似てきますが、事業を決定する要因がマンション事業より数倍多く、その整理が重要な要素となります。
 本書では、まず第T部で日本や地域の高齢者や高齢者の住まいの状況を整理し、さらに国の高齢者に対する考え方を見ていきます。続く第U部で、高齢者の住まいの企画のポイントを具体的に説明していきます。
 高齢者の方にとって、どのような住まいを選択するかが大きな関心事となります。医療や福祉の専門家がそれぞれの専門知識を活かして、高齢者の住まいへ乗り出すことが必要です。まず高齢者を取り巻く住環境の状況を把握し、そこからそれぞれの得意分野を活かした高齢者の住まいを考えて下さい。
 本書では、高齢者の住まいを計画するポイントを分かりやすく解説しています。問題は新たなかつ多様な高齢者の住まいを作っていくことですから、これまでの実例にとらわれず、ご自分の経験に基づいて、高齢者に必要な住まいの形態を創り出していくことが大事です。
 特に本書で強調していますのは、比較的低料金で利用できる高齢者の住まいの開発です。高級有料老人ホームではなく、これまであまり検討されてこなかった、しかし一番需要の多い、低価格の高齢者の住まいについて可能性を検討しています。
 建築関係の方で、高齢者の住まいの実現を目指す方も、ぜひ新しい高齢者の住まいを創り出す気持ちで読んでいただければと思います。

2007年11月
砂山憲一