タイトルに「みんなのリノベーション」とあるように、これは住宅のリノベーションに関する本です。つい数年前までは、言葉さえ知られていなかったリノベーションですが、最近は「大掛かりなリフォームのことでしょ」というくらいのことを、多くの人が答えるようになりました。リノベーションには、大きく分けて3つのパターンがあると思っています。1つ目は、いま住んでいる家を「劇的にリフォーム」するとき。2つ目は、業者が中古を改修して「デザイン住宅」とするケース。そして最後に、これから住まいを手に入れる人が、「中古住宅をリノベーションして暮らす」場合です。本書では、この3番目のリノベーションに焦点をあてています。なかでも、「中古住宅の見方、買い方、暮らし方」という副題のとおり、賃貸ではなく、「中古住宅を買って」リノベーションして暮らそうとする人のためのガイドブックを作りました。
家を買おうと思ったとき、これまではマンションのモデルルームを見に行ったり、ハウスメーカーの住宅展示場を訪れる人が多かったと思います。両方に共通しているのは、「新築」で「既製品」ということ。「間取りを変更できます」「オーダーで建てられます」と謳っているものもありますが、マンションは最大公約数に好まれる「完成品」を売っているわけだし、ハウスメーカーもその会社で決めた「標準仕様」の家を提供しているので、大きな枠では既製品住宅だと言えます。国民が同じ方向、目標をめざしていた戦後復興期や高度成長期ならば、選択肢はそれだけでよかったのかもしれませんが、ライフスタイルや好みがこんなにも多様化した現代では、自分の暮らしを既製品に合わせることに不自由や不満を感じる人が増えてきました。また、急激に都市へ人口が集中し大量の住宅を求められた20世紀ならまだしも、人口が減少し始めた今世紀はすでに既存の住宅ストックが大量に余っています。そのため、中古住宅を以前より割安で取得できるようになりました。親の世代が庭付きの新築住宅のローンに追われる大変さを見てきたので、若い世代は稼いだお金をすべて住宅取得に投入したいとも思っていません。新品ではなくとも古着やアンティークにも魅力を感じるので、そもそも庭付きの新築一戸建てがベストの選択だとも考えていないのです。そうして90年代の終わり頃から、「新築の既製品」一辺倒だった住宅市場が変わり始めました。「中古住宅をリノベーションして暮らす」人が増えてきたのです。
このような兆候をいまや僕は当然だと思えるのですが、つい10年ほど前まではそれに気付きもしませんでした。というのも、大学の建築学科を卒業後、僕自身がマンションデベロッパーとハウスメーカーで働いていました。当時は疑問も感じていませんでしたし、自宅として郊外に新築のマンションを買いました。そんな僕に1つ目の転機が訪れたのが働きだして5年目。94年のことです。もっとデザインを意識した住宅を作りたいと、建築士事務所を設立しました。それがいまの『アートアンドクラフト』です。独立と同時に家計を切りつめる必要があったので、マンションを売って築70数年のボロ長屋に引っ越すことにしました。風呂もなくトイレは崩れ落ちそうな別棟。さすがにそのままでは住めない状態だったので、セルフで改修工事をすることにしました。いま思えば、これがリノベーションとの出会いです。これまでも建築の仕事に携わってきましたが、基本は「新築」の「既製品」。ところがこの長屋再生には、そのどちらもがない。暮らしに合わせて作る住まいは、こんなにも違和感なくフィットするんだと驚いたし、長年使い込んできた柱や床の風合いを見て、古さは決してあたらしさに劣ることではないと考えるようになったのです。長屋に暮らし始めて数ヵ月後、阪神淡路大震災が発生しました。これが2つ目の転機です。神戸で震災復興のコンサルタントとして働くことになりました。倒壊した住宅と同じ戸数を再建することが、復興の最たる目標です。マンションやハウスメーカーの家、公営住宅などが急ピッチで建設され、住宅数は3年で震災前の水準に戻りました。でも、実はもともと地域には世帯数をはるかに上回る住宅がありました。それらを被災者に廻すことができれば、何もそんなに住宅を建てなくてもよかったのではないか。震災後の神戸だけでなく、いまや全国でも空家は1割以上。それでもまだ大量に作っている。新築することにこだわる前に、まず今ある住宅ストックをうまく使おうよ。僕はそう考えるようになったのです。
「古くても既製品にはない喜び」を感じた長屋の再生。震災復興で考えた「住宅ストックの上手な活用」その2つの経験から、単にデザインされた住宅の供給を目指すのではなく、それを新築ではなくストックを生かしてできないかと考えるようになりました。そこで始めたのが98年からの「クラフトアパートメント」です。既製品にはない住まいづくりを、中古マンションの一室をリノベーションすることで実現しようと提案しました。僕がそれまでのマンションに持っていた不満を「間取り・仕上材・機器類」すべてで解消しようと試みたのです。最初に、建設当時の設定よりも少人数でゆったりと暮らせる間取りを考えました。単に靴を脱ぐだけの狭い玄関をやめる。たとえ部屋数が減ってもベッドとイスが十分に置ける寝室。湿度が高い国なので洗面所と浴室は風通しをよくしたい。ちょっとした家事や仕事ができるワークスペースの確保。いまのマンションにはないけれど、実は多くの人が望んでいるのではないかと思える空間を作りました。材料にもこだわりました。工期が早くて品質が一定という供給者側の理由で選ばれてきた「つるつるピカピカ」のものを使わずに、住まい手が心地いいと思える無垢のフローリングやタイルなど、昔からのどっしりとした素材を使いました。僕が新築のマンションを設計していたときにはできなかった細かな部分にも気を配っています。ドアのハンドルはもちろん、引き出しのツマミまでその部屋に合うものを厳選し、トータルでコーディネートすることを考える。逆に省いたものもあります。歯ブラシ立てや鏡は何も洗面台についていなくても、住む人の好みで買えばよい。だからシンプルなデザインの洗面器だけをつけることにしました。この住宅を公開し始めると、たった数日で何百人もの人が見にきました。みんな一様に、「中古がこんなに変わるなんて知らなかった」「マンションでもここまでできるのですね」「自分もオーダーで作って暮らしてみたい」と言ってくれます。百聞は一見にしかず。それまで見たこともなかったリノベーションを体感するモデルとしては大成功です。ほどなく見学者の中からひとりふたりと、中古住宅を探してリノベーションしようとする人が、アートアンドクラフトを訪れるようになりました。
このあたらしい居住スタイルを一言で説明できるようにと、最近社内では、中古ストックを買ってリノベーションするのだから、「スト×リノ」と略して使っています。今後ますますスト×リノは、あたらしい住まい方の選択肢として一般化していくのでしょう。しかしながら、世間ではまだまだその情報が不足しています。日常、目にする不動産広告は高層マンションや建売住宅など、いまも「新築・既製品」の華やかで豪華なものが圧倒的に多く、それに比べて中古不動産のチラシはあまりに貧相です。また、損をしない中古物件の買い方を教えるマニュアル本や、リノベーションの体験談はこれまで書店にあったものの、一連の流れを紹介する書籍はなかったように思います。本書では、リノベーション前提で中古不動産を探すところから、物件購入とリノベーション両方の資金計画、そしてリノベーションにおける設計の心得とコツを詳しく紹介しています。これまで僕たちが数多くのスト×リノをすることで得た経験と、現場でひとつひとつ覚えていった知識をあますところなく紹介したつもりです。本書がこれから住まいづくりをしようとする方に、少しでも参考となることを心より願っています。
アートアンドクラフト代表
中谷ノボル |