木へんを読む


書 評
『住宅建築』(建築思潮研究所)2005.11
遊び心を捉えた樹木のハンドブック
  寿司屋であがりを頼むと、魚偏が付いた文字がどっさり並んだ湯呑みが出てくることがある。漢字に強い者は声を出して鮪に鯵、鰯……と読み続け、自信のない私などは、「えっと、これなんて読むんだっけ」などと話を振られないように、ただひたすら話題を変えるのに必死になったりする。この魚偏のノリで樹木を集めたら…、というのが本書『木へんを読む』だ。ちなみに、どのくらい読めるかでなく、1分間に木偏のつく漢字をどれだけ書けるか試みたところ、一般の大人(ただし、建築系の書籍を扱っている編集者)で12程度、私自身は8個。小学生は桜とか梅など教育漢字を4〜5個。身近な一般の大学生に書かせたところ、こちらも4〜5個。ただし、こちらは楓や欅など画数が多く、難しい漢字ばかり。どんな木があるかその木自体を思いだして書いているうちに時間が終了、という状態だ。建築系の現役大学生に書かせてもほぼ同じ状態だった。近年、魚も、樹木・花卉・野菜など植物も昆虫もカタカナで表記することが多く、しかもパソコンを利用するようになって本当に漢字を書けなくなったのを実感した。
  さて、本書が扱っている樹木は梅、柳、柏など木偏がつく140種。これらの樹木を@花や実を楽しむ木A街中や里で見られる木、B山で育つ木(広葉樹)、C森をつくる木(針葉樹)─、の四種類に分け、イラストを添え、科、常緑、落葉の区別、広葉、針葉、高さ、実、葉の形状などの特徴のほか、『日本書記』や『万葉集』などの古典を引用し、古来からの人と樹木との関わりにも言及している。さらに、木材としての樹木にも言及。たとえば、栃では「広葉樹としては軽軟な木材で、加工性はよい」が、「湿った場所では腐りやすい部類に属します」「大木になるとその幹の木理が乱れるので、結果として美しい縮みや杢や波杢などができます」「材が軽軟で加工しやすいため、ロクロ細工、板を組み合わせて作る指し物に適し、家具、調度品、器具に使われることが多く、美しい杢の出るものは装飾的な用途に利用されます」─、と詳細に紹介。これがいい。
  ちなみに、本書は、漢字の使用を奨励するために書かれたものではない。樹木の名前をカタカナで書くことが多くなっている現在、著者は「それなりの理由があることで、木の名前を正しく伝えるために漢字で書くことにこだわることはない」としている。なお、カタカナを使用する理由については、本書を読み進むことで理解できるよう構成されている。
  本書を片手に街を遊歩し、樹木を同定して歩くのも楽しい。
(小林一郎)

『室内』((株)工作社)2005. 8
  柘と書いて「つげ」、檀と書いて「まゆみ」と読む。木の名前を表す木偏の漢字は、パソコンで打ち出せるものだけでも120近くある。本書は、これをほぼ拾い集めて解説している。けれど漢字札讃ではない。むしろその問題点に触れている。木の名前は、漢字にすると読むのにかなりの知識が必要な場合がある。また、同じ木でもいくつか違った漢字を使うこともあれば、同じ字で違った木を表すこともある。カタカナで書くのにも、それなりの理由があると、京都大学名誉教授で木材工学の第一人者である佐道健さんはいう。文字は「他の人に物事を伝える手段」。だからこそ、誰にでも分かる文字で伝えたい、と。
  木の名前は地域や時代によって変わってきた。それを伝承や和歌、随筆などを例に、時代を遡りながら追いかける。また木についての物語だけでなく、樹木から木材の概要、樹高、生育地まで解説している。ひとつひとつの木について、イラストや写真もある。
(砂)

『庭』(龍居庭園研究所)No.165
「枳、槿、梔、楮、柘、檍、杠、禎……」。本書の最初から、ざっと拾い出して並べたこれらは、比較的よく知られる木の名前だと思うが、さて、いくつ読めるだろうか。答えは上から順に「カラタチ、ムクゲ、クチナシ、コウゾ、ツゲ、モチノキ、ユズリハ、ネズミモチ」となる。
  この本は、木の名前を表す木偏の漢字を集めて、その木の特徴や故事来歴を解説したもの。現在、樹木の名前は主としてカタカナで表記される場合が多いが、そこに当てられた漢字を考察することにより、樹木の新たな側面が見えてくる。
  たとえば、カシは一般的に「樫」の漢字が使われるが、奈良にある「橿原」の地名や『日本書紀』の記述から、古くは「橿」が使われていたことが分かる。エノキは「榎」と表記されるが、古くは「朴」と書かれたこともあったという。今では「朴」はホウノキだ。また、日本語でいう「柏」は広葉樹のカシワを指すが、中国ではこの漢字は、ヒノキ類などの針葉樹を意味するそうだ。
  このように漢字を見て行くと、一つの木に複数の漢字があったり、逆に、一つの漢字が二種類以上の樹木に共用されるケースが非常に多い。「橡」は通常トチノキを指すが、『枕草子』ではクヌギを意味し、あるいはドングリを指すこともあったという。そのクヌギもまた、表す漢字が実に多い。「櫟、椚、椢……」とあり、紛らわしいことに「櫟」はイチイガシを表す場合があり、ケヤキに当てられる「欅」が、クヌギを表すこともあるという。これではやはり、木の名を正しく伝えるためには、カタカナ表記を使う方が便利だろう。
  だが、木偏のつく漢字は、見れば見るほど味わい深い。「榎」は、木偏に「夏」と書く。他の季節が付いた木といえば、「椿=ツバキ」と「柊=ヒイラギ」がすぐに思い浮かぶ。では、「秋」もあるのだろうか。あった。「楸=ヒサギ」だ。見ると、ヒサギは「アカメガシワまたはキササゲの古名」とある。この二つの木は異なるものだが、やはり昔は混同されていたのだろうか? 音から選ばれたと思われる漢字も多い。「枇杷=ビワ」「枸杞=クコ」「栓=セン」などだ。「林檎=リンゴ」、「檸檬=レモン」、「柘榴=ザクロ」……。書くのは難しいが、これらが視覚に訴える力は大きい。