デンマーク デザインの国

書評

『サステイナブルスカンジナビア』(スカンジナビア政府観光局)vol. 10
  スカンジナビアの街を歩いていると、そのシンプルで質素な街並みに自然と安心感がわき、心が落ち着いてくる。そんな素朴さに特徴づけられるデザインがスカンジナビアから生まれ、いま世界中で注目を集めているのはなぜだろうか。
  そのヒントを与えてくれたのが、島崎信氏が著した『デンマーク デザインの国』である。著者は、1958年に通産省から在外デザイン研究員としてデンマークに派遣された、いわば北欧デザインを日本に紹介した第一人者である。その専門的な知識量の多さと、デンマーク社会と人々に注ぐ温かい眼差しは、読者をデンマークの「デザイン小旅行」へと誘ってくれる。
  本書は、歴史的な建造物からモダンな日用品に至るまで、包括的にデンマークデザインを紹介しているのだが、デザイン関連の書物には珍しく、まずデンマークの社会的背景の説明から入っている。女性の社会進出や障害者・高齢者の自立生活のサポートなどの政策、そして人々の「生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)」が重視されるデンマーク社会の福祉大国としての特徴が紹介されている。それらによって、ユニバーサルデザインの家具や文具、バリアフリーのまちづくりがここで発展した背景がうかがわれる。
  また本書では、デンマークのデザイナーであるヤコブセンが、権威主義に挑戦してきた革命家としても映し出されている。オーフス市庁舎を手掛けたヤコブセンは、議員の抵抗を受けながらもその象徴的な権威性を排除すべく設計を行った。モダンで採光が工夫されたオーフス市庁舎は、清潔感があり、市民に開かれた印象を受ける。質素だけれど質の高い暮らしを大切にする気質と、デザイナーと職人が共同で作業をするという伝統的な創作スタイルがデンマークデザインを育んできた、と著者は語っている。
  本書が語っている一つのメッセージは、デンマークでは、建築やデザインが人々の「生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)」の向上のために発展してきたということだろう。シンプルで、機能的で、誰もが安心して利用できることが重要である。私たちのライフスタイルを見直す時期にきている今日だからこそ、いまスカンジナビア・デザインが人気を集めているのだろう。

 デンマークでは、家族や親しい友人と、キャンドルを灯してコーヒーを飲みながら語らうときなどの心地よさを「Hygge(ヒューゲ)」と呼んで大切にしてきた。そんな日常風景から生まれたデンマークデザイン。本書は、人間にとって本当に必要なものとは何なのかということを、デザインというテーマを通して考えさせてくれる。