保育園・幼稚園・こども園の設計手法


まえがき

 本書は、保育園・幼稚園・こども園の設計に携わる方々を対象として、建築計画を解説したうえで、優れた設計事例を提示するものである。特に、これまであまりこれらの施設を設計した経験がない方にも有用な知見をわかりやすく伝えることを心がけた。
 従来、保育園や幼稚園の設計は、専門性が高いものとして、この分野に造詣が深く、経験を積んだ設計者が手がけることが少なくなかった。現在もそのような傾向はみられるものの、子どもの施設の設計経験がない設計者や、設計経験そのものが少ない若手設計者が保育園・幼稚園・こども園を設計する機会が増えつつある。このような設計者にとって、基本事項をまとめた資料として手元において参照していただける書籍を目指した。
 少子化や核家族化が進み、働き方が多様化するなかで、保育園・幼稚園・こども園をとりまく制度や状況は、近年大きく変化し続けている。これらの施設はそれぞれ管轄が異なるため、なおさら全体像を把握しにくい。だからこそ、本書では設計にあたり最低限必要と思われる法的整備の要点や施設整備の現状を整理し、提示するよう努めた。また、保育園・幼稚園・こども園に関する研究は、都市計画、建築計画、環境計画等の各分野において優れた成果が蓄積されているが、これらの知見を個々の論文や記事等から取り集めて設計に反映することは、現実的には難しい。そこで、広範な分野の専門的な知見を一冊の書籍で総覧できるようとりまとめた。

 このような方針に従って、本書は以下の構成で編まれている。
 第1章「設計に関わる保育の基本」では、社会背景や各種基準を整理したうえで、設計の前提として理解しておきたいさまざまな保育方針のあり方、園での生活、園児の身体寸法といった基本的事項を説明している。さらに、具体的な建築計画の解説へ進む前に、保育学の視点からみると、どのような環境が望ましいとされるか、保育環境研究者から具体的に指摘していただいている。
 第2章「建築計画の基本」では、設計業務の流れを押さえたうえで、立地、配置、保育空間、各室空間、コーナー、園庭、遊具、音環境、温熱環境、照明、サイン、家具の各計画を解説している。それぞれの分野の第一人者が、研究成果や実務経験にもとづき、基本的な考え方を示したうえで、写真や図、実例を用いて設計実務に役立つ手法を提示している。
 第3章「設計事例」では、12の事例を立地(郊外/都心部)と条件(新築/改修/増築/増設/移転/コンバージョン)に着目してとりあげた。これらは、園の種別(保育園/幼稚園/こども園)が大きく偏らないよう配慮して選定している。立地と条件に着目する理由は以下のとおりである。
 自然との関わりや身体を動かす機会が園児にとって重要であることは自明だが、必ずしもすべての園が豊かな自然環境や広大な敷地に立地しているわけではない。特に、都心部においては、ビル内に設けられた園をしばしば見かける。一見、保育環境としては厳しいが、限られた条件のなかで試行錯誤し、置かれた状況で園児ができる限り自然に親しみ、身体を動かすことができるような、意欲的な設計と取組みがみられた。理想と現実のあいだで奮闘するこうした試みは、今後の保育園・幼稚園・こども園のデザインを考えるうえで示唆に富む事例となるだろう。
 また、法制度の改正や社会の要請に対応するため、改修等を行う保育園・幼稚園・こども園も少なくない。古い園舎で紡がれた物語を新しい園舎でさらに展開していく試みは、スクラップアンドビルドから脱却し、持続可能な社会を目指す現代において学ぶべき点が多い。このような観点から、豊かな自然環境に立地する施設や新築の施設だけでなく、都心部に立地する施設や改修、増築、移転、コンバージョンを行う施設もまた、学ぶべき点が多い優れた先進事例として本書に掲載している。

 12の事例を訪れたとき、園児がのびのびと園舎や園庭を駆け回る姿や小さな空間にひとり静かに佇む姿に惹きつけられ、時を忘れて見入ってしまった。このような生き生きとした園児の姿は偶然生まれたものではない。それは図面を読み解くと理解できる。例えば、園児の好奇心を刺激して行動を促すように立体的な回遊動線を計画していたり、晴天時はもちろん、雨天時や炎天下でも外遊びができる軒下空間を設けていたり、園児の遊びが屋内で完結せず屋外にも展開しやすいようにテラスを設置していたり、活動の特性に合わせてふさわしい空間を選べるように変化に富んだ天井高を設定していたり、園児の身体寸法にぴったりと合うような段差を設けていたり、枚挙にいとまない。さらに、安全性に十分配慮した建具の納まりや、柔らかくあたたかい素材を用いた家具など、すみずみまで丁寧に考えて設計されていることがわかる。これらの事例はどれも保育方針と基本的な計画手法を踏まえつつ、既成の枠組みにとらわれずに新たな可能性を拓いているものばかりだ。今後の保育園・幼稚園・こども園のデザインに大きな示唆を与えるものとして、ぜひ参照していただきたい。

 なお、本書では、原則的に保育園・幼稚園・こども園という用語を採用している。法的には、保育園は「保育所」、こども園は「認定こども園」と表記すべきだが、ここでは伝わりやすさを重視し、一般的な呼び名を用いることとした。但し、法令に関連して言及する際には正式な名称を使用している。
 企画当初は、本書を保育園・幼稚園・こども園の設計に関する入門書と位置づけていたが、最終的には初学者だけでなく、すでに豊富な設計経験がある方にも新たな気づきや学びのある内容となったといえるだろう。ひとえに、執筆者一人ひとりが研究成果や実務経験に基づき、最先端の知見や知恵を惜しみなく開示してくださったからにほかならない。執筆者のみなさまに改めて謝意を表したい。また、学芸出版社の井口夏実さんなくして本書は生まれなかった。中井希衣子さんには丁寧な確認作業をしていただいた。記して敬意を表したい。
 最後に、本書のために保育環境に関するデータを収集・分析し、保育園・幼稚園・こども園を訪れ、執筆者から届く原稿や図面を読み解き、構成を練り直して検討を重ねることは、このうえなく幸せな仕事だったと感謝を込めて記しておきたい。言うまでもなく、すばらしい建築空間を体験し、示唆に富む知見に学ぶことは喜びにつながるが、未来をつくる仕事に携わっているという実感によるところが大きい。この喜びを読者の方々と共有できることを願っている。

2019年7月
仲 綾子