2 文化財の活用の考え方

清水真一(文化庁建造物課)



文化財への誤解
 さきほど、三船さんのお話しにあったんですけれども、文化財に対してはいろんな誤解があります。特に、文化財保護に携わる者が活用について発言すると、保存に関して必要な規制があるわけですが、さらに使い方にまで規制がかかるのかと全く反対の趣旨で受けとめられることもあります。
 しかしわれわれが活用という時には、現在使っているものを別の用途に使うとか、ハード面での整備を促すことを目的とするものでもありません。むしろ建物の魅力を引き出して快適につかうための日常的な工夫であるとか、管理を含めたソフト面でのことが第一に重要であると考えております。
清水真一さん
 また、文化財になると、自由に使えないという誤解ですが、そうした側面があることは否定しません。しかし、ものを大事に使っていくという当たり前の行為の延長線上に保存と活用の両立が可能となるとで考えています。活用といってもいろいろやりかたはありますが、文化的・歴史的価値を活かすというのが活用の「活」だと思うのです。次に、有意義・適切な利用を図るための工夫が必要です。第三に、それが継続的に使用されるというところに意味があるのではと思っております。


歴史的建物の継続性
 なぜ継続的かというと、ものは使われてこそ残るということがあります。最近読んだ書物に、ギリシア・パルテノン神殿がなぜ残ってきたかについて、キリスト教会堂やイスラム教のモスクにも使われていた歴史が保存の面では貢献したのではないかという話があるわけです。
 先ほど、活用の三つの要件を申し上げましたが、個別の活用事例を取り上げて結果からだけではその善し悪しは判断できないと思います。もちろん結果が全てであるという逆説的な言い方も可能なんですけれども、やはり活用にいたる経過が大事ではないかと思います。保存状態がどうであるか、法的条件がどのようになっているか、所有者の意向がどうであるかなどの要件の中で、最大限の努力をはかった結果として表れてくるわけでして、そういった背景の理解なしに出来あがったものだけを見て、うまい活用であるとかそうでないとかいったデザイン的な評価だけでは片手落ちではないかと思います。むしろその活用にいたるまでの可能性の検討が十分になされていたかどうかが一番のポイントではないかと思います。
 今、文化財について話をしていますが、こうした点でいえば、文化財として指定がなされているかどうかにかかわらず、歴史的な建造物全般についていえるのではないかと考えているわけです。
 活用の意義ということでは、建物とはある目的のために建てられたものですし、目的を果たしてこそ存在する意味があり、用途が変わろうとも使われていることが建物本来の姿です。所有者にとっては無用の長物ということであれば保存の意欲は失われます。それから、第三者にとってみれば、活用によって文化遺産を享受できる機会が与えられることになります。


保存と活用の補完関係
 現実には、保存と対立した要求というかたちで、活用のための整備構想が出てくることも少なくないかと思いますが、それぞれの建物の個性に応じて、自ずと許容範囲というものがあるかと思います。本来、保存と活用は、対立した概念ではなくて、むしろ補完関係にあるというベースに立って、調整をはかっていくことが重要です。
 最近の文化財保護の動向で、活用というものがなぜ文化財サイドでも重要視されるようになったのか、ということがあるかと思います。従来も、文化財の建物は使用されているものがほぼ全てですし、保存修理の際にも活用面に対する配慮はしておりますし、民家の保存ということでいえば、住まいながら守り続けることを理想としています。
 文化財の活用が強調され始めたのは、平成に入ってきてからではないかという気がしております。大きな理由は、保護対象の拡大ということがありまして、特に現在の生活や生産活動と密接に関わってきた建物の保護が近年の重要なテーマとなってきたことでもあります。
 身近な建物が保護の対象となる時代に入ったということで、建物の性格も多種多様になってきました。古社寺保存法以来の社寺建築の保存ということで、宗教施設などでは、おそらく100%の保存をめざすことで自動的に活用がはかられ、あえて活用を意識することがなかったということがありました。それが、民家、近代建築、最近ですと産業施設や土木構造物まで広がりを見せております。というわけで、活用というものを抜きにしては保存は考えられないのです。


総体として捉える
 文化財としての価値の捉え方ということを考えますと、従来は個々の物件で、技術的・美術的に単品のものとして価値判断をしていたわけですけれども、それだけではカバーできないものもでてきます。民家の主屋ばかりでなく、屋敷構え全体を残したいということもございます。近代化遺産ということになりますと、大きな工場であれば、生産施設そのものだけではなく、エネルギー供給施設や福利厚生施設もあり、体系的なシステムとして存在します。
 単品の保存だけでは遺産の総合的な理解が困難であり、総体として保護の対象とするように努めています。例えば、広大な工場の中に散在する異なる性格のものを構造的に理解するためには、そこに人びとが集い、理解できるような環境を与えてあげる必要がある。そういうことに配慮した活用が考えられるべきだと思います。
 文化財建造物は、以前から果たしてきた文化的な役割と同様、今後とも、文化的存在意義を果たし続けて欲しいと思います。保護の目的はこのようなところにあり、活用によってこれがかなうものです。特に近代の遺産などになりますと、活用がむしろ保存のための前提条件となっていくと思われます。


様々な保護の手法
 近年、登録文化財制度ができましたけれども、これは活用を視野に入れた制度です。つまり、登録すべき文化財の定義とは、保存および活用が必要なものと位置づけているわけです。
 それぞれの保存状況に応じて、柔軟な保護の手法を探っていく必要がでてきます。今までの文化財の指定というのはどのようにやってきているかをご紹介しますと、例えばある建物を指定すると建物全体が文化財となりますが、中には「内装の一部を除く」指定がなされているものもあります。特に土木遺産のような巨大なものになりますと、状況によっては部分しか残っていないこともあるのですが、それはそれで残存部分に価値があれば指定することも考えられます。


周辺環境と一緒に守る
 それから、建物本体だけではなくて、必要に応じて、土地も併せて指定しています。これは、屋敷構えであるとか、近代化遺産などを総体として捉えるという意味で、歴史的な価値を一体的に守っていこうとするものです。
 もう一つ聞きなれない言葉ですが「附△つけたり△指定」というのがあります。これは、建物を、歴史的な価値を明らかにするような資料を併せて守っていくというものです。
 また、数はまだ少ないのですが、散在する施設などを一件として指定することもあります。例えば「読書発電所」というのがあります。現地へ行くと指定された物件それぞれを一望することは不可能で、車で走りまわらないとつながりがわかりませんが、発電所の本体ばかりではなく、それをつくるために作られたトロッコを渡すためのつり橋や、遠方から水を引いてくる水道橋まで一体的に保存することを目指したものです。


活用の社会性
 また、建物は社会的な存在意義というものがありまして、特に地域おこしや生涯学習活動にとって、文化財が地域の文化的な資源として大きな役割を果たしています。活用によって社会的存在意義を高めることは、文化財の本来的な姿であろうと思います。
 おわりに、保存活用計画の必要性ということで申し上げておきたいのですが、文化財として何を活かすかが大事だと思います。この建物のどこにどのような価値や魅力があり、どのように守るのかを、防災・環境の側面も含めて保存管理計画をまず考えます。これがきっちりとおさえられると、活用のために何が可能で、どこまでが許容範囲かがわかってまいります。特に文化財ですと、現状変更の制限があるわけですので、何が可能かを事前におさえておかないと所有者にとってもうまく活用計画がたてられないことになり、お手上げ状態となってしまいます。そのため、保存活用計画を策定して、事前に関係者の合意を形成しておくことが重要です。
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