外国人居住と変貌する街

はしがき


 一九八〇年代後半以降、 世界各地からいろいろな人びとがいろいろな理想や目的を抱いて日本へ来るようになりました。 留学生、 語学教師、 ビジネスマン、 記者、 芸術家、 ダンサー、 出稼ぎ労働者、 そして日本人の配偶者など。 日本で暮らす外国人の数が増えるにつれて、 各国のエスニック料理や食料品・母国語レンタルビデオを扱う店、 美容院、 送金代行サービス業など、 外国人自身が経営する彼らのためのサービス業も生まれてきました。 また来日する外国人の国籍も多様化し、 これまで日本人には馴染みの薄かったイスラム圏の人びとや日系人も出現し、 私たちの外国人のイメージもずいぶん広がったように思います。

 ところで、 こんなにたくさん私たちの周囲で見かけるようになった外国人ですが、 彼らはいったいどのような住宅に暮らして、 どのような住まい方をして、 どのような生活を送っているのでしょうか。 そしてまちは、 どのように変わりつつあるのでしょうか。

 一九九〇年夏、 建築・まちづくり関係の研究や仕事をしている仲間と社会学者が数人集まって「外国人居住研究会」を結成し、 外国人の居住問題に関する研究を始めようということになりました。 ちょうど当時は、 外国人の住宅問題や日常生活上でのトラブルが、 メディアを通じて頻繁に取り上げられるようになった頃だったのですが、 その実態はまったく知られていませんでした。 こうして新宿区の大久保界隈における外国人居住に関する研究が始まったわけです。 そもそも外国人はどこに住んでいるのかまったくわからないのですから、 最初は調査地域内のアパートやマンションを一件一件訪ね歩くという気の遠くなるような話でした。 しかも歌舞伎町に隣接した場所柄「ワタシ日本人デス。 今パパさんイマス。 出ラレマセン」とたどたどしい日本語が返ってきたり、 管理人に「このマンションはヤクザが多いから危ないよ」と注意されるなど緊張したものでした。 特に就学生や留学生の多かったこの地域では、 学校とアルバイトで一日中不在の人が多く、 同じアパートに夜討ち朝駆けで何回も通い、 ようやく調査できた外国人は一日で三人といった状況で、 これほど難航したフィールド調査は初めてでした。 外国人の居住者、 日本人の居住者、 家主さん、 不動産屋さん、 商店街の人、 地域の活動家など、 さまざまな人に出会い話を聞き、 路地から路地へと隈なく歩きまわり、 眼と耳と足と汗で調べた結果です。

 この二カ年に渡る大久保調査の後、 有志が四人残って「まち居住研究会」を発足し、 新たに欧米人・中国人・アジア人労働者・日系人といった切り口で、 東京およびその周辺部に居住する彼らの住宅事情や問題を取材し『住宅時事往來』という小冊子の発行が始まりました。

 日本人は日本に居る限り、 自分が外国人になることはありません。 ですから一般の人びとにとって彼らの問題は、 なかなか身近な問題として捉えられないでしょう。 しかしこれらの研究活動を通じて、 彼らの抱えている住宅問題や日本人とのトラブルの原因を探っていくうちに、 これは他人事ではない私たち自身の問題だということがわかってきました。 彼らが住宅探しでもっとも困っている「外国人お断り」は、 「高齢者お断り」「子どものいる人お断り」「単身者お断り」と、 結局問題の根っこは同じではないかということです。 また、 居住者は日本人という前提のもとにつくられているため、 慣例が多くわかりづらい賃貸借契約システムや住宅管理の問題点などが浮かびあがってきました。 外国人というフィルターを通すことにより、 日本の住宅政策の問題点や社会保障制度の矛盾が、 より鮮明に見えてきました。

 かつて外国人受け入れに対して開国か鎖国かといった議論が、 有識者を集めて盛んに行なわれた時期がありました。 しかし今では日本に暮らす外国人の存在もすっかり定着した感があり、 この現実を受け止めて、 外国人も地域に暮らす一生活者として対応していこうという姿勢が、 各地域の自治体や地域社会の中に現れてきています。 これからも日本社会で暮らす外国人の数が増えつづけていくことは明らかです。 また、 国際結婚も着実に増えてきています。 まさに物資や情報とともに、 人もまた海外から日本へ、 日本から海外へと流れていきます。 「外国人」「日本人」の枠を取り外して「生活者」の問題として、 これからの住宅問題や居住問題を考えていければと思います。

 そして本書を通して、 私たちと同じように学校に通い、 企業や工場で働き、 休日には友人と語らい、 映画やカラオケを楽しみ、 恋をし、 母国の家族を思う等身大の彼らの姿を感じとっていただければ幸いです。

著者一同


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