街づくりとリーダーシップ
はじめに |
少なくとも街づくりの分野では、地方分権が静かに進みつつある。旧来の街づくり手法が制度疲労を起こし、街づくりの現場では、旧来の手法によらない仕事の工夫、新しい手作りの手法の考案が始まっている。制度や組織、財政の仕組みに大きな変化は見られなくても、現場の空気は変わりつつある。だが、縦割りの制度と組織のシャフトが中央から地方までを貫いて支配している現状では、地方自治体レベルで、地域のニーヅに即した総合的な行政を行うのは、不可能とは言わないまでも、至難の業である。現場の意志と制度や組織の意志の齟齬が大きい状況の中で、地域の実態に即した街づくりを動かすには強い意志と持続的な合意形成の努力が要る。官民を問わない、街づくりの全過程を引っ張るリーダーシップの存在が不可欠である。
他方、様々な市民活動、NPO活動などが実際に機能し始め、実質的な市民の関与なしに街づくりの意志決定が難しくなりつつある。謳い文句としての市民参加だけでは凌げなくなっている。今までのように、旧来のハードな都市計画制度や公共事業との軋轢を起こさないようにしながら、要綱、協定行政によって市民参加を実現していくソフトな街づくり運動との関係も改めて問い直されてくる。地方自治体職員には、ハードな国の制度についてすら、現場のニーズを踏まえた上での説明責任を負うという難しい仕事が課せられてくる。官民を問わない街づくりのリーダーシップの必要性の高まりの中で、特に、統合力としての行政のリーダーシップが欠かせなくなっている。
しかし、現状で優れた街づくりの成果を上げ、具体的な街空間の改善が実現しているケースを探ると、確実にこのようなリーダーシップの存在を発見する結果になる。
このようなリーダーシップを発揮するのは、必ずしも地方公共団体の首長、なかんずく、市町村長さんだけとは限らない。産業界のリーダー、地域のリーダーあるいは外部のアドバイザーなどが力を発揮しているケースも少なくない。だが、やはり何よりも市町村長の統合力、調整能力に期待するところが大きい。だが、このような問題についての具体的な報告の例は少ない。
INAXという会社が出している広報誌「エスプラナード」は、具体的な街づくりによって街の景観、環境が著しく改善されている市町村の実例をシリーズで紹介して来ている。この広報誌は、街づくりが具体的に進み、結果としての街空間の改善が目に見える場所を捉えて、その作業に関わった人びとによる詳しい説明文を編集し、臨場感溢れる写真を添えてその成果を紹介する、数少ない専門的な小冊子である。宣伝臭が全く無い上に、優れた編集者と類稀なカメラマンの力によって、街の宣伝にもなる冊子になっている結果、殆どの市町村の快い協力を受けながら、この厳しい時期にあっても、出版され続けている。
この広報誌の各号の巻末で、市町村長さんと、場合によっては街づくりのアドバイザーを交えながら、何故、街づくりが上手くいっているのか、どのような方法で成功したのか、今後の展望はどうなのかといったことなどについて、対談あるいは鼎談をさせていただいている。
この対談あるいは鼎談は、冒頭に述べたような街づくりの上での苦渋に満ちた現在の状況とそれを解決し、乗り越えるための優れたリーダーシップの存在の数少ない報告になっている。
INAXは、広報誌がある程度纏まったところで、各巻のすべてを再編集して出版してきたし、今後も事情が許せばそのような本にしたいという意向だが、幅広い都市再生の動きが起こっている中で、できるだけ早く、時期を失せずに、このような報告を出版するべきではないかというのが、私の強い希望だった。このため、敢えて、学芸出版社に、対談あるいは鼎談部分を独立して取り上げていただくことをお願いし、INAX社に無理をお願いして上梓に漕ぎ着けた。
無理を聞き入れて下さったINAX社の方々に深い感謝の意を表したい。
言わずもがなだが、このような対談あるいは鼎談によって、これらの町の街づくりの客観的な全貌が上手く伝えられているとは限らない。私自身の勉強不足もあろうし、対談者あるいは鼎談者の考え方もあろう。もし、これをお読みになって興味が湧けば、是非「エスプラナード」のバックナンバーに立ち返って、客観的な資料を御覧頂きたい。
このような対談あるいは鼎談が読み物として成立できているのは、信じ難いほど巧妙に編集してくれる森戸野木さんのお陰である。重ねて謝意を表したい。残念ながら多用はできなかったが、尊敬するカメラマン相原功さんのお力も借りている。併せて感謝の言葉を捧げておきたい。
敢えて、この出版企画を取り上げて下さった学芸出版社、特に前田裕資氏には何時もながらお世話になっている。改めて感謝の念を伝えたい。
蓑原 敬
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