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建具と知識と意匠




まえがき



 建具は、室の意匠を構成する極めて重要なファクターである。たとえば、洋室で、厚い鏡板の扉が低い響きを残して閉るとき、室には重厚さ・落ち着きが醸し出され、人々の心を静かな憩に誘う。和室では、欄間と襖が室の意匠の出来栄えに決定的な効果をもたらす。それだけに、建具の選択を少しでも誤ると、折角の室の勝れたデザインをすっかり壊してしまうことになる。その意味でも、建具は建築の意匠にとって、最も大切なものの一つといえる。
 建具はまた、非常に難しいものである。新築をした場合、建築主から最初に苦情を聞くのが建具についてである。開閉が固く、スムーズに動かない、といわれる。予めテストをしておいても、木材の反りや、建築主の取扱いの不馴れから、苦情をいわれる場合が多い。また逆に、隙間が大きすぎるといわれることもある。本来、ほとんどの建具は動かされるものであり、隙間や余裕が多少なければ、建具どうし、あるいは枠などと擦れあってよくないが、安全のために、隙間や余裕を少し大きめにとると、隙間風が入るということになってしまう。相反するこれらの二つの条件を満足することは、甚だ難しい。
 経験の少ないものは、ときには全く予想しない欠陥が生じることがある。大型や、いわゆる新しいデザインの建具を使用する場合には、その製作上の困難さを十分理解しておかねばならない。意匠に工夫を凝らすことは、もちろん大切であるが、建具は常に動かすものであるだけに、歪みや狂いのない確実な製品を作るよう心掛けたいものである。
 建具には、木製のものと金属性のものがあり、最近では、小住宅でも外部の窓にはほとんどアルミサッシュが用いられている。近年、良質の木材が少くなったためであろうか、金属製建具の普及が著しい。しかしながら、建具の基本である木製建具の知識や意匠を十分に理解していなければ、金属製建具を効果的に使用することは不可能である。また、頁数の制限から、木製・金属製のすべてを収録すると、かえって中途半端な内容になってしまうため、本書は木製建具のみに限り、金属製建具については稿を改めることにした。
 本書には、現代風の建具に限らず、現在使用頻度の少くなった形式の建具も一通り記載している。そのため、本書を通読すると、全般としての内容に多少の古さが感じられるかも知れないが、何事によらず、新しいものを創造するためには、まず過去の多くの勝れた作品に接し、自己の感覚を向上させ、知識を吸収して技能を豊富にしなければならない。そうした趣旨から、敢えて〈昔風の〉勝れたものも含めて収録した次第である。
 木製建具だけでも、そのすべてを詳述するためには、多くの頁を要し、本シリーズには不適となるので、目的をしぼり、本書の編著の方針を〈建築技術者の設計の参考になるよう実用性を昂める〉ことに重点をおくことにした。そのため、工作法・木取り法など製作に関する項目は、止むを得ず割愛することにした。しかしながら、頁数は少くても、本書は設計の参考書として、必要な項目は凝縮してすべて収録してあるので、常に座右に備えて利用に供される実用性は備っているものと確信している。ご愛用いただき、本書をステップとして、更に深く研究されることを望んでやまない。
 本書の発行にあたり、ご指導とご協力を賜った(社)日本建築協会出版委員会の先生方・事務局の松井昭光氏および学芸出版社社長京極迪宏氏に衷心より感謝の意を表する次第である。
昭和54年2月
山片三郎



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