高さ制限とまちづくり




序 なぜ高さ制限は必要か


(1)紛争の背景─地域住民と事業者の意識のズレ

 建築物の高さは都市空間を規定する重要な要素である。それゆえ、高さの適切なコントロールが求められる。しかし、建築物の高さ制限を行う際に、必ずつきまとう言葉がある。「高さを規制しても景観は良くならない」「高さ制限は都市の活力を奪う」といった主張である。確かに高さだけをコントロールしても景観が良くなるとは限らないだろう。また、高層建築物の意義や必要性があるのは確かである。だからと言って高さを無制限にして良いことにはならない。建物の高さは社会・経済状況に左右されやすく、その変化は市街地環境や街並みに多大なインパクトを与える。だからこそ前もって高さのあり方を考える必要がある。
 右肩上がりの成長時代ならまだしも、人口縮退が本格化する我が国において、高層化が果たして経済的な発展をもたらすのであろうか。むしろ、都市の方向性を見据えた上で、高層化を図る場所と抑える場所のメリハリをつけることを通じて、都市の質と価値を維持、向上させることに注力すべき時期に来ているのではないだろうか。
 高さのあり方を考えた末の高層化と、無自覚な高層化では雲泥の差がある。後者は単なる都市計画の放棄であり、その結果が、現在全国各地で起きている高層建築物を巡る建築紛争や混沌とした街並みなのではないのか。

@建築物の高さを巡る紛争の増加とその背景

 人口減少社会の到来によって、市街地の拡大を前提とした建築・都市計画制度の限界が明らかとなりつつある。しかし、依然として都市部を中心に、オフィスビルや高層マンションによる土地の高度利用や過密化が進行し、住環境や景観の変化を招いている。低中層の市街地に高層マンション等の突出した高さを持つ建築物が計画され、その周辺に暮らす住民が地域の景観や住環境を損なうことを理由に反対運動を展開し、その結果として行政が高さ制限を指定するという流れが建築紛争の典型的な構図と言えよう。
 紛争の背景としては、まず住宅の高層化が挙げられる。6階以上の共同住宅は、1968(昭和43)年時点では5万100戸、共同住宅全体の1.1%に過ぎなかった(図1)。その40年後の2008年時には約674万6000戸にまで増加し、全共同住宅数に占める割合も約33%にまで達した。特に近年は、15階以上のものが占める割合の伸びが著しい。1994年に建築された共同住宅のうち15階以上のものは0.9%に過ぎなかったが、2008年には10.4%にまで増加している(図2)。企業の資産整理や相続等により、高層マンションの種地となる建設用地は商業・業務地、住宅地を問わず、今後も増えていくと見られる。

A現在の良好な住環境は、必ずしも規制によって守られているわけではない

 こうした住宅の高層化の要因の一つに、我が国の建築・都市計画規制が緩やかであることが指摘できる。現実の街並みの高さと現行の都市計画の規制内容との間にギャップが生じているのである。例えば、比較的戸建住宅が多い場所において、10数階建・30m超のマンションが建設されるというケースは珍しくない。低層の住環境を享受してきた住民にしてみれば、高層マンションは住環境を損なう存在でしかないであろう。しかし、実際の都市計画の規制を見ると、高層の建築物が十分建てられる規制、つまりは合法建築なのである。指定容積率200%の地域において、建物の建蔽率を20%とすると10階建のものが建設可能となる。総合設計制度等の容積率緩和制度や天空率制度による道路斜線制限の緩和を適用すれば、より高いものが建つことになる。
 つまり、現在の戸建住宅による良好な環境が保たれているのは、現行の規制のおかげなのではなく、地域住民や土地の所有者が高い建物を建てなかっただけという「偶然の産物」によることが少なくない。

B規制の緩さに起因する住民と事業者の意識のズレ

 仮に、ある土地が相続等によって地域住民ではない第三者の企業に売却されたとする。当然、企業は土地から得られる利益を最大化するために、規制が許す最大限度の大きさの建物を建てようとするだろう。この建物の計画が明らかになった時に初めて、地域住民は自分たちの住環境が現行の規制によって守られていたわけではないことを知る。そして、住民は住環境を損なう高層建築物は認めないと主張し、一方のマンション事業者は合法的な建築物なのだから建設を止めないと宣言し、両者の意見は平行線を辿る。
 地域で生活を営んできた住民の立場が第一に尊重されるべきであるが、法律が許す範囲内で行われる企業の経済活動を一方的に排除することは、それはそれで問題があるとも考えられる(もちろん、合法ではあっても明らかに脱法行為的な開発は排除すべきである)。また、住民も一人の地権者であり、相続等の機会が訪れればできるだけ高値で土地を売却することを望むことも十分にあり得るため、住民対事業者という対立構図では捉えきれない問題も抱えている。
 だからこそあらかじめルールをつくっておくことが重要となるわけであるが、本来、紛争を防止し、環境を守るために存在するはずである都市計画の規制が充分ではないことは先に述べたとおりである。

(2)現行法制度の特徴と課題

 現行の都市計画法、建築基準法に基づく規制は、事前明示的なルールによる、いわば「事前確定型」の規制が主であり、規制内容は建築確認により担保される形式が基本となっている。建築確認は、事前に基準を明示しその基準に即しているか否かをチェックする覊束的な方法である。行政による恣意的な判断や判断する職員による判断の不統一を回避するため、行政の裁量の余地はほとんどない。したがって、事前に明示する基準は客観的かつ定量的なものであることが求められる。
 しかし、将来の望ましい市街地像が明確ではなく、地域住民間で共有されていない状況においては、事前明示的な基準の設定は困難である場合が少なくない。その結果、都市計画法等に基づく高さ制限が活用されず、その結果として各地での建築紛争を招来しているとも言える。
 こうした都市計画法等に基づく事前確定型規制手法の欠点を補完するために、独自に景観条例やまちづくり条例、指導要綱等を制定し、届出・協議に基づく「行政指導型」の規制により誘導を図る自治体も増えている。しかし、これらはあくまで法的強制力のない、もしくは弱い指導にとどまるため、事業者等の自主的な協力によるところが大きい。強制力が不十分な点以外にも、1)審査基準が不明確であること、2)届出・協議の手続きと建築基準法の建築確認等の手続きとの連動が図れず、指導の実効性が担保されないこと、3)関係市民の協議への参加が確保されておらず、市民が望む調整・指導を行政が果たしていないこと、4)審査において高度な専門性に基づく判断が十分に機能していない(審議会・審査会の機能不全)、等といった様々な問題を抱えている(日本建築学会建築基準法・都市計画法特別研究委員会[2005]p20)。2004年に景観法が制定され、従来の自主的な景観条例を法に基づく規制・誘導へと移行することが可能となったが、景観計画の高さ制限はあくまで届出・勧告制であり、法的拘束力は建築確認ほど強くないため、これまでの行政指導と大きな違いはない。
 以上を踏まえて、現行法制度における高さ制限手法の特徴をまとめたものが図3である。建築基準法や都市計画法に基づく事前確定型高さ制限は、法的拘束力が強く実効性が確保できるというメリットがある。しかし、定量的で一義的な数値基準を事前に設定することが要求され、個別物件が出てきた段階における調整が原則的にはできない(特例措置の運用により事後的な調整が可能ではある)。つまり、事前確定型高さ制限は、基準を設定する段階に重きが置かれた手法であると言える。
 一方、景観計画、地区計画(建築条例なし)、自主条例、要綱に基づく行政指導型の高さ制限は、届出・協議による非権力的な手法であり、法的拘束力は弱い。とはいえ、高さに関する基準は定量的なものから定性的なものまで設定が可能であり、事後的な調整が可能とのメリットがある。したがって、行政指導型高さ制限は、個別物件の計画が明らかとなった段階での協議・調整に重きが置かれた手法と捉えることができる。

(3)本書のねらい・意義

 現在、全国の自治体は事前確定型、行政指導型の高さ制限手法を駆使しながら、各地域の課題に対応しようとしている。こうした取り組みは、紛争予防だけなく、個々の建築物の質の向上や周辺景観との調和を図ることを通じて、市街地全体の価値を高めることを意図したものと言えるだろう。建築物の高さは都市の形態やボリュームに大きなインパクトを与えるため、その高さをコントロールすることは、持続可能なストック型まちづくりの実現ツールとして非常に有用であると思われる。
 そこで、本書は建築物の高さ制限に着目し、我が国における建築物の高さ制限の実態や課題を明らかにすることを通じて、今後の建築・都市計画法制のあり方や、これから高さ制限の導入や見直しを行う自治体等にとって有益な知見を示すことを目的としている。
 市街地における建築物の高さを巡る課題を抱える都市は少なくないと思われるが、高さ制限の実態に関する情報はあまりないのが実情である。本書は、全国における高さ制限の実態と課題を網羅的にわかりやすく提示することで、行政、住民等が地域における高さのあり方を考える上での一助になることを目指したものである。

(4)本書の構成

 本書は以下に示す四つの章で構成される。
 「第1章 高さ制限の歴史的変遷」では、我が国における高さ制限の歴史的変遷を見ていく。高さ制限の実態を把握するには、これまでの法制度が成立した経緯を理解する必要があるためである。そこで、明治以降の高さ制限に関する法制度の歴史的変遷を整理することで、各時代によって高さ制限の目的や方法がどのように変わっていったのかを明らかにし、歴史的経緯から見た高さ制限の特質を浮かび上がらせる。
 「第2章 高さ制限の実態と課題」では、現行の高さ制限手法の特徴と課題を概観した上で、法的拘束力の強い事前確定型の手法として高度地区(都市計画法)、法的拘束力は弱いが柔軟な運用が可能な行政指導型の手法として景観計画(景観法)の二つの制度に着目し、それぞれについて高さ制限の運用実態を明らかにする。運用実態については、高さ制限の目的、高さに関する基準の内容・設定根拠、基準の運用手続き(特例措置、事前協議等)について詳細に見ていく。
 「第3章 高さ制限を活用したまちづくりの事例」では、具体的に高さ制限を活用したまちづくりを実践している全国各都市の事例を紹介する。ケーススタディは、高さ制限の目的や都市の特性によって大きく10のカテゴリーに分類し、計20の事例の特徴を見ていく。各事例については、基本的には、1)背景・経緯、2)制限・運用の内容、3)特徴、の三つの観点からまとめている。
 最後に「第4章 高さ制限を活用したまちづくりに向けて」では、以上を踏まえて、高さ制限の意義・役割を確認した上で、高度地区と景観計画を活用した高さ制限の実施にあたっての留意点等を提示する。