ニュータウン再生
住環境マネジメントの課題と展望

はじめに

 都市の中には、古代のギリシャやローマの時代から、我が国においても平城京、平安京の時代から、計画的に建設されたものが多い。20世紀に入ってから、ハワードの『明日の田園都市』の影響を受けた郊外型の新市街地がイギリスを中心に建設されるようになり、戦後は住宅難に対応して、数多くの郊外型新市街地が世界の各地で建設された。このような新市街地は、住宅地を中心としながら、商業・業務、工業、文化・学術などの施設も立地する、自立的な都市として建設されてきたところに特徴があり、ニュータウンと呼ばれてきた。
 我が国では戦後、住宅難の解消に資する大量の住宅供給を主な目的として、1962年(昭和35年)に建設が始まった千里ニュータウンをはじめ、多摩、千葉、北摂三田、西神などの計画的新市街地(ニュータウン)が建設されてきた。このうち300ha以上のニュータウンは大規模ニュータウンと呼ばれ、すでに建設を完了したもの、建設中のものを合わせた大規模ニュータウンの数は39に及ぶ。我が国のニュータウンの多くは、イギリスのニュータウンに見られるような自立型都市というよりは、母都市に従属する「住宅都市」としての性格が強い。
 ニュータウンは、「良好な住環境をもつ理想的な都市」をめざして計画的に建設されるが、住宅地が面的に広がる中に商業施設や学校、公園などが集約して配置されるという純化された土地利用が行われ、またファミリー層を主な対象とする画一的な住宅が大量に供給されることから、同一世代の住民が短期間に大量に入居し、年月の経過とともに人口の減少や高齢化、住宅・施設の老朽化などの問題が発生する。また、住宅の建替え等を契機とする住民間の対立などの問題も生じる。
 このような住環境の変化や問題は一般市街地にも見られるが、ニュータウンでは、大規模な集合住宅団地の建替えによる高層・高密度化によって街並みが大きく変化し、住民間の対立が発生するなど、住環境の変化による影響が極めて大きい。このため住環境の変化等に対して、総合的な配慮のもとに適切に対応していく「住環境マネジメント」が一般市街地以上に必要となる。
 千里ニュータウンは、1962年にまちびらきが行われてからすでに45年が経過しており、この間に住宅や施設の更新、新設等に伴って住環境が変化していく中で、大阪府、財団法人大阪府千里センター、吹田市・豊中市、住民などによって住環境マネジメントが行われてきた。近年、人口の減少と高齢化が進む一方で、集合住宅の建替えをめぐる住民間の対立などの問題も発生している。戸建住宅地においては、空き家や敷地分割の発生とともに、高齢者の住み続けが困難になるなどの問題も発生している。このような成熟化が進んだニュータウンに望まれる住環境マネジメントとは、いかなるものなのか。
 千里ニュータウンでは、近年、住民と地元市が中心となり、大学・専門家・NPOなども加わって、ニュータウンの再生へ向けたハード・ソフト両面からの取り組みも始められている。千里ニュータウンは、かつては“開発型都市”のモデルであったが、今後は様々な主体の参画による“マネジメント型都市”のモデルになる可能性を秘めている。
 本書はこのような観点から、千里ニュータウンの45年の歴史の中から、様々な主体による住環境マネジメントや再生に向けた取り組みの軌跡を探り、ニュータウンの成熟過程に求められる住環境マネジメントに展望を得ようと試みたものである。この意味で、本書は千里ニュータウンの居住者や関係者に読んでいただくとともに、千里ニュータウンと建設時期や立地特性などが異なるものの、今後成熟化が進むと考えられる我が国の他のニュータウンの住環境マネジメントに示唆が得られることも期待している。

山本 茂