自動車に過度に依存したまちづくりの限界がみえてきた。自動車のもつ便利さの反面、交通事故や交通渋滞、大気汚染・騒音などその弊害は今なお深刻な状況にある。郊外での虫喰い的な市街地(スプロール)の拡大と中心市街地の衰退という都市構造の歪みを生み出したのも、クルマ社会の急激な進展が一因である。また、地球環境問題への対応が早急に迫られているが、自動車交通問題はそうした課題を解決する上で鍵を握っていると言われている。今日、国の内外で、人にやさしい、そして環境にもやさしい“都市と交通”のあり方が模索されている。これまでのクルマ依存型の交通システムから脱却し、公共交通と歩行者・自転車を重視した交通システムへと転換し、持続可能なまちづくりを進めることが低炭素社会の実現に向けた世界的な潮流になっている。
都市内の公共交通機関には、鉄道、バス、新交通システム、モノレールなど、多様な手段が存在している。特に最近、注目をあびているのが「LRT(Light Rail Transit)」と呼ばれる、「次世代型の路面電車」である。そして、このLRTが人と環境にやさしい“都市と交通”の切り札となることが各国の事例で実証されつつある。都市交通政策において、諸外国とわが国の大きな相違のひとつに、こうしたLRT活用に対する姿勢の違いがある。諸外国の多くの都市では、その良さが再認識され、一度全廃したものを復活させたり、新設したりしている。これに対してわが国では、これまでLRT導入に関して数多くの議論はなされてきてはいるが、最近になってようやく、富山市ではじめて本格的な導入が実現し、堺市で事業化に向けてのスタートが切られたのに留まっている。
こうした現実を踏まえ、本書は、LRTの活用を通じてまちづくりに対する新たな価値観を構築しなければならないという、筆者らの強い思いを伝えたいと考え執筆を始めたものである。その主張は、『自動車に過度に依存する都市構造では、便利でアメニティ豊かな都市を創ることと、環境負荷を低減させることは、どちらか一方を選択するというトレードオフの問題であった。しかし、LRTを機軸として、バスなどの公共交通機関に重要な役割を持たせ、さらに自転車や歩行者を優先する都市構造が実現すれば、都市アメニティを向上させると同時に環境負荷を低減させ、持続可能な都市を創造できる』という点である。本書では、こうした主張を検証していきたいと考えている。
本書の構成は以下のとおりである。まず序章において、世界の各都市で、なぜ、今、LRTが注目されているのか、問題提起を行うとともに、本書のねらいを明らかにしたい。
次いで、クルマ社会がもたらした様々な弊害を明らかにした上で、それを解決するために公共交通が果たす役割、とりわけLRTへの期待と可能性について述べる。また、本書で注目するLRTの定義や機能、国の内外での導入・普及状況、バスと比較したLRTの特性、さらにLRTの導入による道路交通への影響について解説する。
そして、LRTの導入にあたっては、それを核とした交通施策の組み合わせ(パッケージ)がきわめて有効なことを指摘するとともに、こうしたパッケージのデザインの考え方、あるいはパッケージを構成する個々の施策、導入空間を巡る課題について解説する。LRTの導入を実現させるためには財政上の支援制度、関係主体間での合意形成が重要な要素となるが、ここではこれらについても国の内外の事例を通じて課題を述べる。
さらにLRTを核とした施策パッケージの実現により、都市のアメニティの向上に対してどのような効果が期待できるか、また環境負荷を低減し、持続可能なまちづくりにどのようにして貢献できるのかを論じたい。同時に、国の内外におけるLRTを活かしたまちづくりの実践例を紹介し、その全体像を明らかにしていきたいと考えている。
最後の章では、わが国におけるLRTを活かしたまちづくりに向けての提言を示すことによって本書を締めくくる。
本書の執筆者は全員で15名にも及んでいるが、いずれも交通計画・都市計画の専門家として国内外のLRTに関連する調査研究に携わってきており、現地にも赴いて直に情報を収集するなど実態にも精通している。思いを同じくするこれらの執筆者が集まって、これまで何度も研究会を開催し、相互に情報交換を行いながら議論を深めてきた。こうした多数の執筆者の議論にもとづき、編者が中心となって、1冊の書物として一貫性を保つよう留意し、成果をとりまとめたのが本書である。
LRTの導入議論は、必然的に道路空間の再配分、都市空間の再構築の議論へと展開することになる。この議論が契機となって、自動車に過度に依存した都市構造やライフスタイルを見つめ直し、LRTを活用した人と環境にやさしいまちづくりに対する理解を深めて頂くのに、本書が少しでもお役に立つことができるのであれば筆者らの望外の喜びである。
最後に、本書の刊行にあたっては、学芸出版社の村田譲氏、前田裕資氏に、企画段階から仕上げに至るまで、終始適切なアドバイスを頂いた。感謝の意を表する次第である。
青山 吉隆 小谷 通泰
2008年2月 |