ま え が き
近代建築の構造の主役は「鉄骨造」であり、実際に建築されているビルやマンションもその多くが鉄骨造である。
しかし95年1月17日に兵庫県南部を襲った阪神大震災では、この近代建築の粋を集めたはずの鉄骨造も多くの被害を出し、尊い命が奪われた。その原因の多くに、構造設計者をはじめ建築にかかわる技術者の勉強不足・努力不足があることは痛恨の限りである。
犠牲となった人々に報いるためには、二度とこのような設計・監理不良、工事不良による人災とならないように、構造設計技術を確立しなければならない。そのためには設計者、工事監理者そして施工者のレベルアップに役立つ実践的なテキストが必要なのではないか。
本書はそのような思いから、とおり一遍の知識としてではなく、実践を通して鉄骨構造設計の勘所を身につけられるテキストを目指したものである。
本書の特徴は下記のとおりである。
@課題を解き、構造計算書にまとめ上げながら鉄骨造を学ぶ。
このように本書では、講義だけでなく構造設計演習を行い、構造設計図書を完成させる目標を持って学習する。講義中は静粛にしなければならないが、演習時は学生同志で教えたり教えられたりしながら進めればよい。
A新耐震設計のルート別の最新工法による課題に沿って学ぶ。
B「構造計算書シート」「構造基準図」による実践的構造設計なので実務にすぐ活かせる。
C「構造力学」「建築構法」「法規」「設計製図」等の関連を知り総括的に学べる充実した解説。
D大学、専門学校などのテキストとして、また、すでに基本を学習した初心者のための研修、自習のテキストに最適。
構造計算というと高等数学や力学を駆使して行うという誤解がある。実際は、一般的な建物の場合、中学校で習う程度の数学で充分である。「習うよりは慣れろ」が鉄則である。
構造計算はコンピュータの操作技術を覚えれば答が出る時代となった。しかし計算が面倒だからといって最初からコンピュータに頼っていてはいけない。それではコンピュータが出してくる答のチェック、設計変更のチェックもままならない。そんなレベルで設計していては、不注意で安全性を大きく損なわれた建物をつくりかねないのである。
まずは、手計算にて基礎知識を会得し、構造設計のセンスを身につけてから、コンピュータを使いこなすのが王道である。
本書は月刊雑誌『建築知識』に連載した「実践からみた建築構造計算入門」をもとにして、筆者の大学での演習実績をふまえてテキストに発展させたものである。トレースは辰巳徹君が、編集の労は『実務から見た建築構造設計シリーズ』を担当してくださった前田裕資氏である。
みなさん、ありがとうございました。一人でも多くの方に役立つことを願います。
1995年6月25日
上野嘉久
改訂版にあたって
平成7年に誕生以来、多くの方々にご活用いただき、ありがとうございます。
平成12年に建築基準法・令・告示がSI単位に、荷重・外力の積雪荷重・風圧力および許容応力度等も改正、新たな告示も発せられ、平成14年「鋼構造設計規準」の改版を待って全面改訂いたしました。
改訂にあたり、保有水平耐力を新たに追加し、当書で、鉄骨構造に関する知識が得られるようにいたしました。
労多き、構造の実務書の編集は「。」と「、」から助言を賜った、知念靖広氏です。ありがとうございました。
前版と同じように、多くの方々にお役に立つことを念じます。
2002年6月25日
著 者