クリエイティブ・フィンランド
建築・都市・プロダクトのデザイン

あとがき


 よく建築や都市に関して話すときに「文脈」だとか「語彙」というような言葉を使うことがある。「語彙の多い建築家」といえば、設計をする際にまるで辞書から言葉を選ぶかのように臨機応変に柔軟な解法を見つけることができる建築家のこと。そして建物が「都市の文脈に沿う」というのは、たとえば低層の一軒家ばかりが並んでいる地域にいきなり超高層を建ててしまうような無粋なことをしないこと。そして建築でいえば建物の用途や材料や地域性といった要素がいわば「文脈」をつくりあげていくのだ。小学校で起承転結という作文のコツを習った。それが文全体の抑揚をつくり、緊張感とか楽しさを生み出してくれる。実はそんな起承転結は建築の設計でも同じなのではないかと思う。起承転結をうまく入れて全体としてのまとまりがあり、面白味がある建築というのが建物の幸せな形だと思うし、そんな建築を設計したいと切に思う。文章もしかりだ。だから建築設計の仕事と文章を書くという仕事は異なるようで似通っているものとして自分の中で理解している。

 出版物の文章を書くということを始めたのは、2003年の秋だった。フィンランド語を覚えて、こちらで見聞きすることや体験することにいちいち感動していた頃のこと。しかし書き物も始めてみると難しい。自分の書いた文章が活字になって出版されてから、なんだか下手くそだと思ったり、気が抜けた文章だと思ったこともあった。だから建築やデザインにこだらずに、どんなテーマの原稿でも引き受けて、数ばかり書いていた時期もあった。一度は本を書いてみたいと思ってはいたのだが、本一冊の文章量、それに要する集中力などを考えると、それが果たして可能なことなのかと疑問に思ったものだ。フィンランドでスカイダイビングや散歩やらと、(設計の仕事もしていたけれど)こっそり遊びほうけていた私に、今までに書いた雑誌の文章の中で最もマニアックな都市計画の法規の記事を読んでこの本の話を持ってきてくださり、執筆の催促をして、遂には本の完成まで辿り着けてくださった学芸出版社の宮本裕美氏に感謝する。そしてこの本の内容は今までに多くの出版、建築関係の方々のご協力で書かせてもらった内容をもとにしてまとめあげたものである。その時々でいただいた多くの方々のご厚情にとても感謝している。

 この本の中で度々出てくるヴィルヘルム・ヘランダー老師が、都市計画の歴史を変えた『誰のヘルシンキ?』という本は、「街の中で気になるものをすべて写真に撮っていたら、そこで見えてきたものがあって、それを本にまとめあげたのだ」と話しておられた。私も尊敬する師匠の真似をして、写真を撮り続けてきた。この本の中ではそんな写真の中から150枚あまりを掲載している。

 都市と建築は人生を育むもの。この文章と写真が読者の方々にとって何かしらのヒントになってくれればと願っている。そして、読んでいただいてありがとうございました。

2010年10月
ヘルシンキにて、大久保慈