民家は、その土地の気候や風土に合うように、長年にわたって培われてきた住まいづくりの技術の結晶である。その美しさは、その土地の材料を使い、その地の気候へ対応した結果に他ならない。そして、それは我々の原風景の中で、ごく当たり前の存在であった。
しかし、戦後、近代化が進むなかで民家は急速に失われていった。多くの産業で手仕事は機械化され、材料も天然素材から金属やプラスチックに変わっていったのと同じように、住宅でも新しい材料や工法が普及した。それが均質な家を大量につくることには役立ったが、その過程で、民家が持つ意味や効果はほとんど顧みられることはなかった。
ところが最近、風向きが変わってきたらしい。例えば、富山県八尾の島崎英雄棟梁からは、「三十数年前、昔ながらの家を建てる自分は笑いものであったが、最近、みんなが昔ながらに建てるようになってきた」とうかがった。各地の旧宿場町や伝統的な町並みを持つ地域で、それらを活かす住民活動が活発になっているとも聞く。
伝統的な町並みが残る地域を訪れる人も増えているようだ。島根県石見銀山地区は世界遺産登録で観光客が一〇倍になったという。暮らしや建物が多様化し無国籍化するなかで、かえって伝統的な住居や暮らしへの関心あるいは懐古的な思いが強くなっているのであろうか。
原風景の中の民家を取り戻すことはもはやほとんど不可能であるが、だからこそ、それに近い姿に憧れ郷愁に浸ろうとしている。そんな風にも思えるのである。若い人にとっては、テーマパークへ行くのと同じノリかもしれないが、そんな彼らにとっても心のどこかに惹かれるものがあるに違いない。
などと、最近の民家ブームを解説するのが本書の目的ではない。
温暖化対策のための京都議定書達成が極めて難しいのではないかと懸念されるなかで、真剣にエネルギー消費の削減に取り組まなければならない。もちろん、そのための新しい技術が開発され、対策の導入が進められている。が、ここでも伝統的な技術や工夫への関心は薄い。新しい技術と同じくらいに、民家の持つ技術や形が有効な手段になりうると思われるのに、である。
なぜなら、エネルギーを使わないで暑さや寒さを凌ぎ、暗さを補う、そのための工夫や仕掛けが民家の真髄であり、それが現代に役立たないはずがないと思われるからである。伝統的な手法を現代的に解釈し、これからの住まいや建築に活かしていく必要がある。まさに温故知新ではないか。
また最近、「200年住宅」というキーワードをよく耳にする。これは、サステナブル社会に向けて、国を挙げて長持ちする丈夫な家をつくっていこうとするものであるが、伝統のしくみや技術が詰まった民家は、これからの新しい長寿命住宅を考える際にも“玉手箱”になりうるのではないかと思う。
そこで、民家や伝統建築における仕掛けや工夫がどのような意味を持ち、効果が期待できるのかを見直したいと考えた。それを環境工学的視点に基づいて分類し、実際にその姿をよく表現している例を紹介し、解説したいと思った。本書はこのような意図のもとにまとめたつもりである。
そして全体の構成は、気候風土に対応した形や技術を切り口に、雨・風・雪などの気象要素と熱・光・空気などの環境要素を取り上げ、要素ごとに八つの章を設けた。伝統的な民家や暮らしにおける対応は、常に利用と調整の二面を持っている。例えば、「風を防ぐ工夫」は、イグネ、カイニョ、築地松などなど、各地に様々な形で美しい景観をつくりだしている。一方で、風は害を及ぼすだけでなく、益をもたらす面も持っている。強い風、厄介な風は防がなければならないが、通風のための風は積極的に利用した方がよい。これは、雨も雪も、光も熱も同様である。本書では、この二面性に配慮しながら各地における具体の技術や姿を紹介することに努めた。併せて、できる限り自分の目で実際に見たものを対象に、特徴的なこと、印象に残ったものを、写真を通して紹介することを基本とした。
とはいいながら、個人の力で訪問できる範囲には限りがある。したがって、この地域には別のこんな姿がある、といったことは多々あると思われる。むしろ本書がそんな発見のきっかけになって、良い技術が見直され残されていくことを期待したい。
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