集団処遇の行なわれてきた従来の施設であっても、入所高齢者の自立を促し、自主性を尊重した介護を行う施設が多くなった。そのため、全室個室とする動向にある。また、認知症高齢者を視野に置き、施設での介護と在宅での介護のすき間を埋める地域密着型サービスも始まった。福祉施策は次々と打ち出され、求める方向性は少しずつ明らかにされてきた。しかし、将来の政治的・経済的見通しが、必ずしも好材料のものばかりとは限らず、高齢者福祉は移りゆく社会状勢に多分に影響されるため、多くの高齢者が歓迎し、納得できるものとなっていないのではないかと思われる。
私の知る福祉関係者の一人は「模索・検討を続けてきた福祉施策が、近年やっとスタートラインに立った」といい、また、将来の福祉にとって「ユニットケアや小規模多機能施設は過渡期の段階である」という。私はこれらの施策に対し、物理的環境に限れば、居室の床面積など、単に量的な部分を問うことに終始しているため、多分に不満がある。あるべき福祉の方向性が明らかにされ、過渡期として、スタートラインにある今、高齢者の居住空間、特に認知症高齢者がのんびり暮らす生活空間の「しつらえ」が重視されなければならないことを繰り返し主張したい。
われわれは、スペースが狭いから、デザインが古いためなどの理由で、まだまだ使えるにもかかわらず「スクラップアンドビルド」を繰り返してきた経験がある。このような勢いにまかせて多くの無駄をしてきたバブル期の反省は、福祉の建物においても生かさねばならない。方向性が見えつつある今、先を見すえ、検討を重ねたうえで、可能な限り無駄や手戻りのない工夫をすることが「ものづくり」の原則と考える。「しつらえ」の基盤となるデザインを選択する際、「和」を採用するか「洋」とするかは、事業主、または設計者に委ねるところであるが、認知症高齢者を含めた高齢者の視点で手戻りのない適確な手法を用いることが望まれる。本書が求められるこれからの「高齢者福祉」において、物理的側面から役立つ参考資料となることを願ってやまない。
最後に、ソフトの立場からコラムに文章を寄せていただき、熱い想いと今後の福祉のあり方に対し御意見を頂戴した、村田麻起子氏、北川勝氏、松尾信之氏、 荻原理氏の各氏には、この場を借り御礼を申し上げたい。資料集め、イラストの下書きや墨入れ、コラムに尽力してくれた馬渕緑・坂本まり子両名のスタッフには感謝の気持ちでいっぱいである。
なお、本書の立案から約一年、発刊できたのは学芸出版社の前田裕資氏と粘り強く対応いただいた越智和子さんのお陰と考えている。
坂本 啓治
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