人類は火を使いこなすことができるようになってから,多くの文明を築いて来ました.しかし,人類は完全に火をコントロールしているでしょうか.そのような疑問を感じさせるのは,あい変わらず,各地で火災が発生しているからです.毎年,火災により多くの被害を生じています.物質的な損失ばかりではなく,火災により死傷者を出しています.どうして,このような被害をもっと少なくすることができないのでしょうか.
火災というと,どこの建物が燃えたのだろうかと思うほど,建築物の火災が多いのです.そこで,建築基準法でも,多くの防火規定を設けて建築防火に努めています.一方,それとは別体系で,消防法による消防用設備の設置が義務づけられています.これらの法令の規定は,一元化できないものでしょうか.確かに建築物に設ける設備は,一つの法令(すなわち,建築基準法令)でまとめて規定した方が判りやすいとも考えられます.
しかしながら,火災時に消防隊が使用する水利を例にとってみると,建築物の地下に貯水槽を設けたならば,建築基準法の規定で規制し,屋外に貯水槽を設けたならば,消防法で規制するというような区分が,果して判りやすいかどうかと言うことになると,疑問が生じます.それよりも,火災が発生した場合に用いられる消火設備(消火器,屋内消火栓設備,スプリンクラー等),警報設備(自動火災報知設備など)及び避難設備(誘導灯など)という消防用設備,消防用水並びに消火活動上必要な施設(連結送水管,非常コンセント設備等)については,むしろ,消防法に一元化した方が適切であると考えられるのです.すなわち,火災が発生し,消防機関へ通報するような段階以降は,消防で一元的に責任を持って対処してもらう方が良いと考えられるのです.
一方,建築基準法の建築防火規定では,都市計画的な配慮から,防火地域・準防火地域の指定により,建築物の耐火構造・防火構造化を促進して,建築物の不燃化を図るとともに,建築内部の防火区画の充実,内装の不燃化などの施策により,火災の拡大を防ぐための諸措置を講じているのです.
その結果,わが国の火災は大幅に減少しています.その内容からみても,いわゆる大火は全く影をひそめ,また,旅館・ホテル,病院又は福祉施設での特異火災(多くの死者を伴う火災)も減って来ました.現在は,これまで重点的な防火対象からはずれていた住宅火災による死者の増加が問題となっています.社会が高齢化しつつあることが反映しているのでしょう.死者の多くは高齢者なのです.そこで,今後の消防(火災予防)の重点施策は,住宅防火及び住宅火災時の死者発生防止に向けられるものと思われます.あわせて,消防法の性能規定化に伴い,共同住宅の特例措置が法令化されることとなり,その作業も進んでいます.
そのような社会情勢を踏まえ,本書では,消防法中,建築物に関する規定について判りやすく説明したものです.姉妹書である『イラストレーション建築基準法』及び『イラストレーション都市計画法』と同様,左右見開き2ページを単位とし,左ページに解説文,右ページにはイラストレーションという配置を原則とし,あわせて68項目に区分して執筆しております.
なお,本書の構成について若干の説明を加えると,次のようになります.
(1) 項目zからレ0までは,消防法入門とでもいうべきものです.建築基準法に精通した人でも,消防法は,また異なる構成となっていますので,少しでも早くそれに慣れ親しんでいただきたい.そのためには「防火対象物」という言葉や,床面積という規模に代えて「収容人員」という規模による規制,又は用途区分による消防用設備等の基準の適用というような基本事項をマスターしておいていただきたいのです.火の燃える要素・火が消える原理の理解も大切です.
(2) 項目レ1からワ8までは,消防用設備等の種類ごとに,それぞれの設備の役割,特色,設置基準等を示したものです.建築基準法の「非常用の進入口」及び「非常用エレベーター」も,消火活動と関係の深いものであるため,ここに加えてあります.また,設備に関連して,機器の検定,消防設備士(工事資格者)の規定や,消防機関への届出・検査等についても記してあります.
(3) 項目ワ9からン8までは,消防法性能規定化に伴う共同住宅の特例の法令化について述べたものです.これらの措置は,平成19年4月1日から施行される予定のもので,まだ,未制定の基準も存在します.それまでの間は,現行の通達による特例によることとなります.ただし,内容的には大きく変わるものではなさそうです.
(4) 項目ン9から゙3までは,住宅火災による死者の発生を抑制するため,消防法を改正して,すべての住宅の居室に防災機器(煙感知器)を設置させるという大がかりなものです.具体的には市町村の火災予防条例の改正で措置されます.施行は平成18年6月1日です.
(5) 項目゙4から゚1までは,消防用設備等以外で,建築防火と関連の深いものについて記したものです.防火管理,危険物施設,カーテン等の防炎などです.なお,避難階段や避難口の管理は,消防法第8条の2の4に規定されていることも覚えておいて下さい.
(6) 項目゚2から゚8までは,わが国の火災の実態について述べたものです.データは消防白書によるものを使用してあります.本書の構成としては最後ですが,むしろ,最初にこれらを読んでいただいた方が有益であるかも知れません.単に法令に規定されているから,守らないと違反になるから,というような消極的な姿勢ではなく,法令を守ることの積み重ねが,社会的にどれほどの効果をもたらしているかを良く考えて欲しいのです.
なお,この版の内容は,平成17年8月1日現在の法令に従ったものとなって居ります.
平成17年11月
高木任之
[お断り]本書では,法令の名称等を次のように略称することがあります.
建築基準法 「建基法」
建築基準法施行令 「建基令」
消防法 「消法」又は単に「法」
消防法施行令 「消令」又は単に「令」
消防法施行規則 「消規則」又は単に「規則」
危険物の規制に関する政令 「危険物政令」
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