住まいの礼節

設計作法と美しい暮らし

書 評

『建築士』((社)日本建築士会連合会)2005.10
  最近、やけに住宅のインテリアや住まい方や収納の極意、ガーデニングやビフォアー、アフター的リフォームが大流行。はては掃除の仕方まで横文字解説者が出てきてもったいぶった話をしているが、何のことはない、こんなことは当たり前のこと。住環境そのものへの関心が出てきたというのなら歓迎だが、やけにテクニックだけが先行しているようにも思える。今も住まい方の根本は何も変わっていない。いや、以前より悪くなっているのではないか?とも思える。
  そのような時に出てきたのが、この本である。内容的には「なるほどそうだ」と納得できるが、そのとおりできないのが現在。経済的、物理的(土地、形状など)、間取り的(各人の部屋の陣取り合戦)に家族の気に入った間取りがまとまらない。そんな時どうするのか?ファイナルアンサー。「もう少し住まい手が賢くならないと気に入った良い家はできませんよ」と言う教科書的なエッセイ本である。
  パースは上手い、全てをアイソメで描かれているところなんぞ、さすが。ただ、パースが上手すぎ、素人には難しいのではと思うところもあるけれど、これから家を建てる人たちへ何かヒントを与えてくれる楽しい本である。
  近年、こだわりをもって住まいづくりを考えている人も多い。良いことである。「無用の用」という言葉があるように、建物の内部にも一見何も使い道のない空間が一番ホッとする場所である場合もある。これからは我々も「ゆとり」と「無駄」の違いは何なのか。じっくり考えてみる必要もありそうだ。

(千頭輝雄)

『新建築住宅特集』((株)新建築社)2005. 9
  著者である中山氏はスケッチがやたらと上手い。この本の中に納められている沢山のスケッチも本人のもので、見応えがある。一緒に旅をしていると当然集落や建物の写真を撮る機会が増えるのであるが、カメラのファインダーから目を離したと思うと何やらサラサラとスケッチを始め、数分で仕上げてしまう。
  そして無類の旅好きである。ここらへんは彼の師匠に当たる宮脇檀と似ているところである。しかも辺鄙なところばかりねらって行く。最近では本誌でも連載されている中国の奥地トイゴや石馬道、吐魯番など、そのほかにもブータンやネパールなどを訪れている。イタリアへ行ってもローマやフィレンツェではなく中部の山岳都市やシチリアなどなど。別に偏屈なわけではなく、現代に生きる古い集落の魅力にとりつかれているのである。外国の古い集落調査をすると日本では考えられないような公共の共有スペースがあるし、日本の集落にも同じような私と公の混ざった魅力的なスペースが昔はたくさんあった。それらが雰囲気のある路地空間や街並みを形づくっていた。その昔、デザインサーヴェイが盛んであった頃、氏は頻繁に日本の集落調査を行っている。日本にも魅力的な古い集落が沢山残っており、今となっては貴重な資料である。それらの多くは高度成長期と共に何の変哲もない新建材の街並みに変わってしまったか、または観光地として書き割りのような街になってしまった。このように長年積み重ねてきた内外の集落の調査は氏の住宅設計にかなりの影響を与えていると思う。
  この本を読み出して、真っ先に思い起こしたのがC・アレグザンダーの『パタン・ランゲージ』(平田翰那訳、鹿島出版会、1984年)である。この本には、環境設計論としては誰もが美しい環境をつくり出せるという楽天的な前提に立っているなどの批判もあるが、私にとっては本棚の中央に位置する重要な本となっている。『パタン・ランゲージ』の訳者後書きを見ると「もともと傷つきやすい存在である人間が、単に居心地よく暮らしていくにはどうすればよいか。経済と技術に脅かされながら、自分の居心地よさとは関わりのないシステムに追いまくられるような環境を、徐々に改良するにはどうすればよいか」「たとえ専門家に馬鹿にされようとも、パタン・ランゲージは人びとにもう一度『当たり前で素朴な』環境をつくり出す勇気を与えてくれるであろう」とある。この言葉が何となく「住まいの礼節」と二重写しになってくるのである。
  氏とは大学で一緒に設計製図を指導しているが、学生の作品に対するコメントから彼の建築に対する考え方をうかがうことができる。建築の理論や、流行の形態論を例に出すことなく「よい空間だね」「気持ちのよさそうな場所だね」と学生を導く。この本もいわゆる難解な建築論、住宅論ではないがオムニバスのようにいろいろと盛り込められた話は、彼の長年の集落調査と住宅設計の現場から体験的に得られた貴重なものである。そしてその核心は2本ある。彼の建築の特徴でもある中間領域の取り扱いと建築のもつ社会性への取り組みである。中間領域という空間は縁側空間であり坪庭であり、日本の伝統的な住宅には必ず見られた贅沢な空間である。建売業者や効率一辺倒のマンション開発から完全に取り除かれてしまったこの中間領域の魅力を、彼の設計した住宅を例に取り上げながら大いに語っている。またもう1本の柱、住宅の社会性であるが、これを実現するには目先の利益より長い目で見た利益を考えなくてはできない。建主に対してどのような説法で切り崩していったのか、本書の中で切々とうったえている。
  「住まいの礼節」の巻頭ではこの本はこれから家を建てようとする人たちに裏技を紹介しようとする意図で書いたものではないとはっきり書かれている。図版も多く、これから家を建てようと考えている人が読めそうな感じもするが、この本は玄人、それも何件か住宅を建てた人にお勧めする本である。

(諸角 敬)