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土壁・左官の仕事と技術


はじめに

  職人の手による技術、すなわち「技」というものは、親や師匠、先輩から教えられるのではなく、「盗んで覚えよ」と言われてきたものである。特に我々建築関連職方は、一定の工場や施設で製品を作る「居職」に対し、場所、天候、作業内容が日々異なる作業場で仕事をする「出職」と呼ばれる労務形態であるため、先記の如く、習うより見様見真似で、自分で会得するしか方法がない。

  しかも戦後建築界の変貌によって、自分達老職人が見て見習工が修業したり技を盗むような基準となる建物や工事が激減し、工場製産の統一化された新建築が全国的に氾濫している。施主もそれで納得し、居住しているのが通常で、これでは遠からず伝統的な建築工法が消滅するという危機感も広がっている。

  我々が長年にわたって先人から伝承してきた工法や技が時代の波に呑まれて消滅してよいのか。また第一線で活躍される多くの職人衆、中には金筋〈きんすじ〉と呼ばれる腕自慢のその技が、自分一代のものとして墓場まで、その先は自然消滅でよいのか。長年のコツや手順など、安易に若者に教える事に異を称〈とな〉える昔気質の職人衆も多いが、大工職の如く図面や書式では表わせない左官壁工法では無理な話で、このままでは将来の文化財や名建築の改修や復元にも大きな支障が生ずる事は必至である。

  そこで、先人より叩かれながら学んだ工法や、失敗を重ねて会得した手順など、平素あまり発表する機会のない事柄を、各地の同職や次代を荷う若者、また現代の建築を推進する建築士、業界各職、さらに建築を求められる施主の方々まで、今では不可解な工法として敬遠されがちな塗壁、竹木舞下地から幾多の工程を経て強力で美しく、かつ資産として次代に伝え得る建物のためにも、真の日本の土壁が完成するために本著がその手引書とならん事を願うものである。

  もとより非力の身で国内すべての工法を解明する事は不可能である。特に伝統工法では各地の気象、習俗による地域的な特色、意匠や工法が伝えられている。本書を叩き台として、後日各地の同職衆により、第二、第三、そしてゆくゆくは全国的な塗壁参考書が刊行されんことを。


    2001年1月

佐藤 嘉一郎  
佐藤 ひろゆき 



学芸出版社
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