にぎわいを呼ぶ

イタリアのまちづくり


歴史的景観の再生と商業政策

書 評


『建築士』 ((社)日本建築士会連合会発行) 2001.8
 1960年代頃からヨーロッパでは、中心市街地の衰退が始まった。イタリアでもその傾向は強く、歴史的な建物が数多く残る市街地が空洞化し、荒れていった。そしてその衰退からどうやって脱却して行ったのかがこの本には詳しく書かれている。
 イタリアはかなり思いきった行政的対策を講じた。非常に厳しい各種の規制はまず、歴史的な景観を守るために、ほとんど凍結とも言える保存のための現状維持の規制。景観条例、看板に対する細かな規制、用途の規制、そしてゾーニング。厳しい用途の振り分けは安易な開発を許さず、宅地開発は自治体のみの特権とし、民間の建築行為には建築賦課金までも課せられる。そして大規模小売店舗の規制。同時に小規模小売り店舗の育成と誘導。特に小売り店舗に関しては、徹底した行政的誘導が行われている。競争力のある店舗にするための営業の許可制。免許が無ければ営業できない。世襲も認められない厳しさ。イタリアの町はしゃれた、粋な小売り店舗が並び、洗練された接客が観光客の財布の紐をゆるます。こういった施策がイタリアを最大の観光地へと仕立て上げていったわけだ。
 特筆すべきことは、それらが常に市民参加の話し合いによって煮詰められてきたことだ。市民が参加して毎週のように繰り広げられるワークショップ、物事を決めるのに際しても市民から必ず人が出て行く。この本に書かれていることは、昨今の日本の地方都市で問題になっている、中心市街地衰退対策を考えて行く上でも参考になる。
(足立 正智)

『日伊文化研究』 ((財)日伊協会発行) 第39号
 イタリアを旅行した経験のある人なら誰でも、その町並みの美しさに心を奪われることだろう。看板や商業広告の少なさや歴史的建築の連なりといった視覚的な美しさにとどまらず、何世紀にもわたる古い建築を現代の生活に取り込んでいく技術と、その洗練された生活スタイルに驚かされる。雑然として落ち着かない都市空間が再生産され、全面改築や再開発によって街の姿が短期間のうちに一変してしまう日本のまちづくりといったい何が異なるのか、本書はそうした問題に対して、様々な角度から光を当てようと試みた労作である。
 これまでのイタリアの都市や建築について紹介された書物の多くは、一般に建築の様式や図面に基づいた物理空間としての町並みや、家並みの構造的特徴を把握するには好適であった。ところが本書では、そうした従来の建築学的な見方とは一線を画し、歴史的建造物群の保存を実現していく際に避けられない中心市街地や商業の活性化という課題に焦点を当てた点に特徴がある。
 著者はもともと建築学が専門であるが、国連地域開発センターでの勤務を通じて、歴史的都市や建造物の保存活動に実際に携わった経歴を持っているため、建築の保存が直面するさまざまな法的・制度的側面に詳しい。したがって本書でも、都市計画や保存修復計画についてはもとより、商業政策や都市型産業、文化政策、観光政策などにまで視野を広げながら、文化遺産の活用や再生を実現するしくみを制度的な見地から具体的に捉えようとする。
 イタリアにおける歴史的建造物群の保存活動は、単に入れ物としての建物を地域の観光資源として、あるいは住民の生活から切り離されたところでモニュメントとして残すことだけを標榜してきたのではなく、現代人の生活にいかに活用するか、経済活動の中にどう組み込むかについて、各都市がそれぞれのやり方で試行錯誤を繰り返してきたということが理解できる。
 日本では保存と経済活動をトレードオフの関係として捉える傾向が強く、双方の立場が行政の管轄による区分に隔てられていたことも災いして、両立を考慮するような地域計画、都市計画がこれまでほとんど実現されてこなかった。そうした取り組みにおいて先進的な事例であるイタリアが本書を通じて我々に示唆していることは、次の三点であろう。
 第一に、保存を実現できた背景には、都市で活動する人達の様々な利害関係を調整するルールづくりとそのメンテナンスが常に不可欠であるということ、第二に、文化財に対する理念や関心を社会に定着させる上で、各種の規則それ自体よりもむしろ、規制に至る合意形成のプロセスが重要であるということ、第三に、保存・修復活動の長い歴史が、居住環境の向上という枠組みの中に位置付けられることによって、住民参加型の都市計画を運営していくノウハウ自体も蓄積されてきた、ということである。
 経済活動と文化財保護の両立が可能になるのは、市民としての参加意識や関心を高めようとする様々なしくみが存在するからであり、それは決して一朝一夕に実現されるものではない。現代の都市が抱える問題はどこも共通性を持っており、制度とその運用、現実の効果との間に落差があるのも、これまた日本と同様である。イタリアの都市行政とまちづくりには、個人の利害・生活と公共性をうまく調整するために多大な労力が投入され続けてきたということがわかる。住民運動や事業者の活動、各方面の専門家の意見などをうまくリンクさせながらシステム化していくバランス、住民の生活優先というコンセプトの中で合意と実践のルールを市民自身でつくり上げていく内発性、さらにそれらを時代や環境の変化に合わせながら修正していく柔軟性、これらの特徴を保ちながら小さな成果を積み上げていくところに、まちづくりの本質があるということを、この本は鮮明に教えてくれる。
(尚美学園大学専任講師  稲垣 京輔)


『建築とまちづくり』 (新建築家技術者集団発行) No.284

 この本を読み始めたのはまさにミーハー的関心から。イタリアのまちづくりは、歴史的な景観を破壊したその反省から町並み保存をし始めたとか、いわゆる歴史的都心部だけを連結保存したので、その守られたところ以外はスプロールしちゃったとかいろいろ言われているので、さてこの本はどんなことを取り上げているのだろうか、と気になったからです。もちろんイタリアといえば人気のある国ですし、少しイタリア通になれるかな、と思ったのもありますけれど……。
 さてイタリアの場合、歴史的都心部を連結保存したといっても、内部についてはいたって斬新な改装が行われていることはよく知られています。しかし本書をよくよく読んでみると、外壁を保存したイコール景観保全だという安易なものではなく、しかもそういう思想的な部分だけではなくて、景観を保全するということを実現するための実利的な部分、つまり都市計画や地方自治の確立など様々な要素が見えてきました。
 また、もう一つのテーマである商業政策についても成功した部分、まだ問題として残されている部分と分析されています。イタリアという国にとって、まちづくりに取り組むという時の様々な視点に対する姿勢は、なるほど参考になりました。これまであまり紹介されることがなかった住宅政策についても、大まかに言ってしまえば都市計画と商業政策との三つがうまく組み合わさって初めて、イタリアの魅力が大いに発揮されているのだという風に理解しました。
 内容的にはイタリアのまちづくりに関する歴史的経緯や制度がまとめられていて、ものすごく読み応えがあります。注釈にもかなりページを割いているので、原典や資料の検索が容易です。しかし本書でたびたび触れている「ジェントリフィケーション」については、その概念が少々分かりにくく、また最後まで読んでも、結局著者は肯定的なのか否定的なのかさえもくみ取ることができなかったのは残念でした。

(郁)

 

『地域開発』 ((財)日本地域開発センター発行) 2000.7

(先生)東京大学先端科学技術研究センター教授  大西 隆
(学生)東京大学大学院都市工学専攻  松行美帆子

先生 イタリアというのは結構不思議な国で、人によって印象が違う。南国の情熱的な民族をイメージする人もいるが、一方で、北イタリアが好きな人は、精密な職人技術を持った工業国を思い浮かべる。自動車、タイプライターなどイタリアが世界に誇ってきた工業製品は少なくない。僕もかつてイタリア人は楽天的と思っていたけれど、例えばコントラクトブリッジの最強国の一つであるなど、緻密な思考力を持った民族という面も知り、イタリアへの興味が深まったことを覚えている。君はどんなイメージを持っているの?

学生 私はラテン系の陽気な民族だというイメージがありました。それと同時に、数々のイタリアブランドがあることから、ファッショナブルな国というイメージもありました。

先生 イタリアの都市は比較的高密度で、日本の街並みにも似ている。もちろんローマ時代以来のまちづくりの歴史を持つから、あちこちに遺跡があり、また中世以降の種々の建築、都市様式が現代の街並みに刻印されている様子は、木の街を作ってきた日本の都市にはないものではあるが。

学生 確かに、同じ歴史の街にしても、パリなどのようにバロック様式で威圧感がある街並みというのではないようですね。少なくとも映画や写真などで見る限りは。

先生 大分前に、イタリアに何週間か滞在したことがある。フィレンツェでは、有名なヴェッキオ橋のすぐ近くの安ホテルに泊まり、文化財のまっただ中に泊まっていいのだろうかと変な気遣いを感じた。確かに親しみやすい国という印象はある。そのイタリアは、都市計画ではローマの道づくりや、植民都市づくりの伝統を持つ国だが、現代都市計画においては、とくに歴史的な街並みと現代の活動の調和を巡って工夫を重ねてきた。宗田さんの『にぎわいを呼ぶイタリアのまちづくり』は、とくに商業や観光産業と歴史的街並みを生かした都市計画との深い関係を捉えた好著ですね。紹介してくれますか。

学生 全体は11章からなっていて、1〜3章はイタリア都市計画の近代史、とくに次第に計画の権限が強まっていく過程を追っています。イタリア都市計画の現行の基本法は1942年都市計画法ですが、施行令、実施規定ができる前に敗戦を迎えました。制度が未整備なこともあって、戦後の急速な工業化・都市化で、深刻な都市・住宅問題を抱えるようになったそうです。これらの問題を解決するために、1960年代からさまざまな制度が定められ、段階的に開発権が制限され、規制が厳しくなっていき、自治体の都市計画権限は拡大されていきました。また、1960年代には、中心市街地の空洞化、衰退が深刻な問題となり、商業計画の策定などの商業政策がとられました。また、地方分権化により、各自治体が独自の手法を持つようになり、多くの市民に参加の機会を与えました。

先生 戦後の都市化・工業化は第2次大戦を体験したどの国でも似たようなものだが、いち早く分権的な取り組みが行われたり、都市の空洞化を経験したのは日本とはかなり事情が違う。

学生 2、3章では、都市計画制度の整備の流れ、歴史的都心部の保存修復計画の流れについてまとめています。1942年都市計画法は「計画なければ開発なし」、「開発利益の還元」という大原則と、歴史的都心部の建物の凍結保存を定めました。また、計画のないところでの建築を厳しく制限しました。1960年代、都心の老朽住宅とその居住環境改善が都市政策課題としてあげられ、歴史的市街地が文化財保護的な観点から、活用すべき住宅ストックとして捉えられるようになりました。この考えは、都市をコンパクトにまとめ、住みつづける人のための住宅を配置するという政策へと発展していったのです。

先生 確かに、イタリアの街は、複合的というか、町中に住宅があるよね。これはパリなどにも共通している。クリアランス型の再開発で街が住居系からオフィス系へと変わっていくというのではなく、保存しながら整備するから、勢い複合型の街になり、深みがでる。

学生 4章で、イタリアにおける文化財保護という概念の変化と建築修復技術の発展について述べたあと、5章では、都心の衰退からどのように都心居住が回復したのかを述べています。郊外での開発利益を制限する制度が整ったのを契機に、都心への資本回帰が始まりました。投機的修復工事による居住者のイタリア版ジェントリフケーション(富裕階層の回帰)がおこりました。これに伴い商工業者もグレードアップし、都心が再活性化しました。地縁型コミュニティに依存していた商工業者が、業種別組合を作り、機能的なネットワークに参加することによって、業態と経営形態を変化させました。地縁型社会が機能的社会に変化したのです。一方、景観維持のため、広告物の規制などは、広告物の材質、文字の大きさなど事細かに行われました。この条例による規制が交通整備などの他の要因と複合的に結びついて、規制の弱い地域から規制の強い地域に繁華街が移っていきました。この景観保存は、都心の魅力を高め、人口を呼び戻し、経済活性化に役立ったといえます。ローマ市で規制が有効だったのは、事業者と公共事業主体の協力関係の下で規制が実施されたからです。

先生 本書は、前半は法制度の変遷などを丹念に追っていく研究書的なスタイルだが、後半はイタリアの都市が何故世界の人に人気があるのかを、まちづくりの視点から解き明かそうという部分で馴染みのある街並みや地名がでてきて親しみやすい。

学生 全体を通して感じたのですが、図版や写真がとてもきれいで、丁寧に作られた本だと思いました。
 それで7章ですが、ここは、中心市街地のための商業計画とその運用について、ローマ、フィレンツェなどを例に説明しています。イタリアでも、戦後都心の小売店舗の減少が著しかったそうです。そのため、自治体ごとに商業計画を作り、戦略的な店舗配置が進められました。そして、一部の都市では、特定業種の集積を誘導するといった攻めの戦略をとり、これがイタリアの商業計画の特徴となりました。また、厳しい競争に小売業者が勝ち抜けるように、小売業者自身の資格制度を設け、彼らの能力を高度化する政策も取られました。この資格制度が新しい人材を招き、事業者を流動的にし、この流動性が小売業を一気に活性化させたのです。

 一方、8章では、職人企業が都市活性化に果たした役割について述べられています。イタリアでは、サービス業の職人が多いことが特徴であり、彼らが仕事と職場環境の質を上げるために、店構えに工夫を凝らし、通りの雰囲気、街並みのデザインに関心を抱くようになりました。街並みのデザインの改善は一店だけではできず、他店と協力し、規制しあってはじめて可能になります。そして、自治体の力を借りて計画的で合理的な街並みに整備したいと考え、この力が歴史的都心部を保存し、都市デザイン行政を支えるようになったのです。こうしたプロセスがコモ市を例に説明され、興味深かったです。

 9章は、観光客を中心市街地の多様な経済活動に取り込むさまざまな手法の発展について述べられています。観光客の観光行動も変わり、都市型観光、田園型観光のほかに、宗教観光・祝祭観光・産業観光などの新しい観光形態も生まれました。しかし、増えつづける観光客が都市問題になり、量的な拡大を規制し、質的な向上を目指そうという観光政策が今や主流となってきているといわれています。
 筆者は、フィレンツェ市の観光が買い物観光へと変化し、それが大きな効果をあげていることや、ヴェネツィア市での万博開催をめぐる対立などを例にまちづくりの質を高める観光のあり方を述べています。

先生 ブティック、アトリエ、観光、これらはイタリアの街に欠かせない構成要素だね。とくにファッションでも明るさのある色彩感覚では世界をリードしている。ネクタイなどはちょっとデザインがいいと思うものは皆イタリア製と言ってもいい。革製品も抜群だ。なめし技術が繊細で、職人気質の面目躍如だ。しかも楽しいのはこうしたファッショナブルな工芸品の店が沢山あり、世界的に著名なブランド品でなくても掘り出し物を見つけられることだろう。日本でいえば地場産業都市だが、イタリアのそれはファッション感覚が優れており、日本の地場産業はこの点で、一歩遅れをとっているような気がする。
学生 さて、10章ではコムーネ(市町村)と市民の果たした役割について述べています。イタリアでは、社会システムと市民の双方が急速に変化しつづけ、コムーネの権限が地区に分権化され、住民参加の機会が保証されるようになりました。このため、公共事業や都市計画に関しては、利害関係の対立のため、意思決定に多大な時間を要するようになってしまいました。しかし、この多大な時間を費やして民主的に得られた結論が歴史的都心部の保存だったのです。
 11章では、筆者はイタリアのまちづくりから、市民との絶えることのない対話に基づく、保存の手法を学びとるべきと述べています。そして、最後にイタリアのまちづくりにみられるその主張をぶつけ合いながらも妥協しつつ個性的に生きていく様を見てとるべきであると結んでいます。

先生 イタリアの都市計画制度、あるいはまちづくりの種々の営みは、日本にはあまり紹介されていない。その意味では現地での研究を踏まえた本書の記述は日本人がイタリア都市計画を知る上で貴重な手引きとなる。こんな感じで普段あまり情報が入らない各国のまちづくりの様子が次々紹介されるといいね。この本を読んでどんな感想を持った?

学生 この本を読む前は、まちの中心ににぎわいを呼びもどすのに必要なのは商業政策だけだと思っていました。ですから、副題の「歴史的景観の再生と商業政策」というのを見て、歴史的景観がどうして関係あるのかが不思議でした。読んでみて、にぎわいを呼びもどすことは、歴史的景観の再生をはじめ、色々なことが作用しあって初めて達成されるものだということが分かり、勉強になりました。この本は、中心市街地の活性化に興味がある人だけでなく、住民参加や景観問題など、他の分野に興味がある人が読んでも、大変参考になる本だと思いました。



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