そこが知りたい!人体デッサン
形・質感・色を描くためのコツと手順

本書の狙い

デッサンは「ものを観る訓練」

 デッサンは「観る」力を養う訓練です。「観る」とは(念入り)に観わたすことです。ただ「見る」こととは大きな違いがあります。
 そして表現力を同時に養うものです。デッサンには写実的なイメージがありますが、これは実は抽象化の仕事の集積です。無限の視覚情報を取捨選択して描いたものに他なりません。自分の眼で本質を取捨選択することが真の観察力を養います。これは造形以外にも言えることです。真に事象を理解するためにはレポートを書いたり、人に伝えたりして、アウトプットをし、形にすることでしか「解った」という実感は得られません。
 デッサンは対象を観察し、描くことを通して、造形としてアウトプットできる形にするための計画力、構想力を得る手立てとなります。それは表現力につながります。デッサンは眼の前の視覚世界に対して、絵として表現するにあたり、何が必要で何が必要でないか、高度な知性によって判断する作業です。高度な抽象化の作業によって対象の色や形を自分のものにし、決して惰性的にならず現実を表現することで、対峙するモチーフ(人体)の理解を実感するものでもあるのです。このことを通してデッサンは造形に関する知性を育み、対象の深い観察と理解を促進させることができます。ここで培う知性は美術家の基礎能力となるのです。だからこそ現在もデッサンは造形分野に携わる人の基礎訓練として広く取り入れられています。
 様々な対象をデッサンすることで、様々なものの形や色や感じを掴むことができますし、本質を捉えて的確に表現することができるようになります。デッサンで養う画面構成の力は、必ずしも四角のデッサン用紙だけでなく、どのようなものにも応用できるバランス感覚となって、あなたをフォローしてくれるものなのです。その上、現実世界を良く理解した集積の結果、ある一瞬に(表象)知覚していないと思える造形のイメージが浮かび抽象表現の世界にもつながるのです。つまり写実表現と抽象表現とはつながっているのです。

本書の特徴

 ヌードをテーマに描く人体デッサンは西欧の美術の文化です。西欧人の骨格的な立体感、彫の深さ、起伏の豊富さから観られる陰影の美しさで捉える表現は日本古来には見られないもので、西洋的な「陰影法」が主体となって表現される西洋絵画の下地となるものが人体デッサンであるといえます。しかしながら日本では西欧人を描く機会にはそう多くは出会わないものです。よって現状としては、西欧のデッサン技法が手本ではあるものの、日本人は独自のデッサンで表現していくことになり、少しずつ成熟し、独自の発展を遂げつつあるように感じられます。
 本書は日本で長年デザインの仕事に携わり、自らの画塾で多くの生徒にデッサンの指導を行ってきた著者自身の経験の中から、本格的なデッサンに進むための技法を惜しみなく披露したものです。
 現に出版されている多くのデッサン技法書は比較的、類型化した人体表現を解説しており、イラスト的見本のニュアンスに近いものを多く目にします。特に西洋から輸入された書籍は起伏や凹凸が激しく、体格が立派で描きやすい西欧人モデルや、理想的プロポーションのモデルを主体にしたものが多いといえます。どれもアーティストの血となり骨となってきた素晴らしい書籍であることは確かですが、本書は今までのデッサン技法書にはない要素をいくつも含んでいます。
▽日本でもっともポピュラーな「鉛筆」「木炭」による人体デッサン
 一般的に日本でのデッサン指導の主体である、身近な木炭や鉛筆のみで表現されるグレースケールによる再現指導書としています。
 姿形、及び質感、立体感、はもちろん天然色、固有色が織りなす色彩の世界をグレーの幅だけで正確に再現できることで、実際に着彩表現する際に豊かな色彩のバルールを適材適所に配する、色彩感覚を豊かにするとされています。
 特に女性の肉体の肌色が最も難しいとされ、人物画の歴史は女性の肌色の研究の歴史といっても過言ではないで
しょう。
▽観ごたえあるデッサン見本を多数使用
 本書のデッサンは参考作となるようなもので構成されています。簡単なイラストにより人体の特徴を図式化して人体そのものを解説することは他の書籍にお任せしています。本書はデッサンを(メソッドmethod)や体系的形式(型)に収めるのではなく、人体をモチーフとして、ものを観てそして表現するための方法と、考え方に重点をお
いています。
▽画塾経営から解る生の疑問、それに対する解りやすい紙面展開
 基本的なデッサンの完成までの経過手順にそって解りやすく展開し解説しながらも、絵画の世界のみならず、デッサン理論を基に、本格的で実用的な領域へ導こうとする手引き書としています。本書は人体デッサンを通して人体を上手く描くための本ではなく、デッサン力の向上を果たすための書籍です。
 様々な立場の生徒や一般の方々を指導した経験をふまえ、中核的な疑問や犯しやすい間違い等をなくし、本格的なデッサンの段階に進みたいと切望される方々のために、「そこが知りたい」ポイントをまとめたものです。