マーケットでまちを変える
人が集まる公共空間のつくり方


はじめに


 「マーケット」と聞いて皆さんは何を思い浮かべるだろうか? 私は土曜日の朝、ふらりと立ち寄って、初めて出会う食材にわくわくしながら出店者と話をして、家に飾る花を買って、お腹が空いたら沿道のカフェで一休みする、豊かな週末の始まりを思い浮かべる。あるいは、平日のランチタイムになるとオフィスの近くにマーケットが並び、世界各国の料理を楽しむ風景。ロンドンに住んでいた頃は、こんな風に人々の暮らしにマーケットは欠かせないものだった。しかし、現在の日本ではこういった日常を思い浮かべる人はまだ少ないのではないだろうか。

 本書は、「マーケットでまちを変える」という少し大胆なタイトルをつけた。生活者、研究者、実践者としてマーケットに関わってきた経験、建築家としてまちをつくってきた経験をふまえて、自信を持って言いたい。「マーケットでまちは変えられる」と。

 歴史的に見ると、都市の始まりには必ずマーケットが存在した。世界中の都市にはそのまちの暮らしを支え、文化として根づいてきたマーケットが存在している。かつては日本でもマーケットは人々の日常と深く結びついていたが、戦後の法整備、モータリゼーションなど都市の近代化の過程で途絶えてしまった。これは非常に残念なことである。海外の人に、日本ではマーケットが身近にないことを伝えると、いつも驚かれるばかりか、哀れまれることも少なくない。

 一方、近年は、食の安全、中心市街地の活性化、公共空間の活用、トップダウンからボトムアップへ、などといった、暮らしや都市を再生する社会的ニーズの高まりにより、マーケットがその解決策として注目を浴びている。成熟した日本のまちでは、これまでの行政や企業主導のトップダウンの手法ではなく、使い手主導のボトムアップの手法が求められるようになった。まちの魅力を発見することから始まり、それを編集し、発信し、共有する場として、マーケットはまさに新しいまちの使い方を実践する手法の一つである。

 ここで強調したいのは、マーケットはきっかけであり、手段であることだ。マーケットで起こる、出会い、学び、喜びが、そこに住む人々の生活の質を高め、地域経済を活性化し、まちの魅力を増すことにつながる。マーケットにはマーケットでしか得ることのできない体験や役割があり、その集積が本書の5章で紹介するマーケットの効果である。そして、効果が集積することでマーケットの文化が形成されていく。さらにはまちへの愛着、誇りを高め、まちの担い手を増やすことにも貢献する。

 現在、日本におけるマーケットは運営者、開催場所、目的、規模、その質ともに、実に多様であるが、マーケットに関わる人々がその価値と可能性を理解し、ツールとして使いこなしていくことで、日本中のまちをマーケットから変えていくことができるのではないだろうか。本書がその一助となれば嬉しい限りである。

鈴木美央