マーケットでまちを変える
人が集まる公共空間のつくり方


おわりに


 マーケットの研究を始めたきっかけは二つある。一つは建築家として大規模建築の設計を行うなかで、その可能性を感じるとともに、疑問も感じたこと。そしてもう一つは「日本のストリートは面白くない!」と悲しみを感じたことだった。

 私は、2006年から5年間、フォーリン・オフィス・アーキテクト(Foreign Office Architectsltd.)というイギリスの設計事務所で働いていた。憧れの建築家のもとで、さまざまな挑戦を経験するなかで、次第に、建物を設計することでは解決できない課題(たとえば、途上国で高層ビルを建てる必要性、2008年のリーマンショックによる経済不況で多くのプロジェクトが放棄されたことなど)について考えるようになった。すべての人が幸せな日常を送るために建築ができることは何なのか。今まで携わっていたトップダウン型の大規模建築の設計とは正反対の、小さな要素の集合がまちに大きなインパクトを与えることはできないだろうか。それを探求するために、設計事務所を辞め、アカデミックな環境に戻ることにした。

 また、ロンドンで、グラフィティ、パブ、マーケットなど、ストリートを舞台にさまざまな活動が起こる日常に身をおいたことも大きかった。ストリートでの活動は人々の偶発的な出会いを生み、単なる交通空間でなく、重層的な価値をまちにもたらしていた。ロンドンの文化を育む場として、人々の喜びや誇りとなっていた。一方、日本の道路はというと、交通以外の活動が行われることはほとんどなく、非常につまらなく、勿体ない状況のままだった。

 こうした経緯から、小さな要素の集合であるマーケットが大規模建築以上にまちに大きなインパクトを与えるという仮説をたて、その可能性について研究し始めた。そして、研究や実践の中で新しい発見に出会うたびにワクワクし、それが確信に変わった。「マーケットはすごいツールだ!」と。

 マーケットは、出店者や来場者が生きるために行う営みであり、1人1人のストーリーが隠れている。それこそがマーケットの魅力ではないだろうか。ロンドンでマーケットの魅力に出会って10年以上が経ち、自身が暮らすまちでマーケットを5回主催し、業務委託でマーケットの開催も行ってきたが、ますますマーケットに魅了されている。

 建築家であった私がマーケットの研究者になり実践者になるために、本当に多くの方々に支援いただいた。研究者として必要なことを一から教えて下さり、一緒に研究を続けて下さった慶應義塾大学のホルヘ・アルマザン先生。大変な調査を一緒に楽しんでくれた杉山真帆様、原里絵香様、坂野友哉様。Yanasegawa Marketを一緒につくってくれた板倉恵子様、田中裕子様、川端奈緒子様。

 本書を共につくって下さった学芸出版社の宮本裕美様。ほかにも、ご協力をいただいた多くの皆様に心より感謝を申し上げます。また、本書を手に取っていただいた、読者の皆様にも御礼申し上げます。本書が少しでも、皆様のお役に立つことを願っています。

2018年5月
鈴木美央