地域創造のための観光マネジメント講座


はじめに

 2004年、日本観光研究学会関西支部の会員が中心となり、NPO法人観光力推進ネットワーク・関西(通称:NPO観光力ネット)を設立しました。
 設立の趣旨には、観光力を活かしたまちづくりを広く啓発・普及していくことが、我が国にとって今後ますます重要となり、そのために産・官・学・市民のネットワークを活かした活動を展開していくことが望まれ、観光の普及・発展をはかるための人材を育成することの重要性が謳われました。
 このため、NPO観光力ネット設立時から観光講座を活動の重要な柱と考え、講義内容などを2年間かけて検討したうえで、「第1回 地域創造のための観光マネジメント講座」を2006年11月〜2007年1月の土曜午後に7回連続で開講しました。以降、毎年開催し多くの修了生を送り出しています。一般論や概論ではなく、できるだけ具体的な問題提起と問題解決を行う「理論と実践を学ぶ場」なので、地元で起業した修了生も出てきました。
 地域資源の掘り起しから、それをしっかりと観光資源に磨きあげ、国内外に発信し、地域ならではのおもてなしで観光客を迎え入れる。このようなプロセスにおけるマネジメントスキルは一度の講演などを聴いても修得できるものではありません。この講座の第10回開催の節目にあたって、より多くの人々にその内容を読んでいただき、「地域創造のためになぜ観光マネジメントが必要か」を考え、その実践手法を学ぶテキストとして、また観光系大学の教材として活用していただけるようにと本書を出版するに至りました。
 本書は次のとおり3部に分かれています。
 ステップ1では「地域の宝を探し磨く新しい観光」、
 ステップ2では「地域の宝を誇り伝える観光マーケティング」、
 ステップ3では「地域の宝を活かし興す観光マネジメント」、
となっており、宝を探す、磨く、誇る、伝える、興す、を順番にそって勉強できると同時に、
 ニューツーリズムについてすぐ知りたい方はステップ1、
 マーケティングについてすぐ知りたい方はステップ2、
 まちづくりについてすぐ知りたい方はステップ3と、
 部分的にも読者の必要性に応じて使えるようになっています。

 地域創造型観光の最大の特徴は、これまでの観光概念と異なり、すべての地域で原理的にできるということがあります。したがってすべての地域の地域創生に貢献します。これに対し、これまでの旧来型の観光は、典型的な名所旧跡を持つ一部の地域でしかありえなかったと言えます。すなわち、どのような地域でも、地域資源を新しく発掘し、それを観光資源として育てていくことができることが地域創造型観光です。この手順を「宝の5段階(探す・磨く・誇る・伝える・興す)」と表現します。このようなことができるようになった背景には、これまではあまり観光資源とはみなされていなかったものまで観光資源化するようになった「新しい観光(ニューツーリズム)」という大きな潮流があります。
 そこで序論ではまず、ゲシュタルト心理学の絵(図)とその背景(地)のモデルの考え方を切り口に、これまで注目されてきた名所旧跡観光が「図」の観光であり、そのときは絵の背景(地)でしかなかった多くの素材が、これからは新しい観光資源として注目され、新しい観光のベースとなる理由を説明します。

 そしてステップ1では、このように、地域創造型観光の振興にあたり、まず最初に必要な地域資源の宝を探して、磨くプロセスを説明します。その典型例が上記のようにニューツーリズムなので、それをベースに紹介します。

 第1章では、そのような「地」の観光発掘の典型としてのエコミュージアムの考え方を紹介します。第2章では、エコツーリズムを例に、宝探しから地域づくりにつなげる考え方と事例を説明します。続く第3章では、今、ニューツーリズムの典型例として話題になっているアニメや映画などに関わる地域資源による観光であるコンテンツツーリズムをとりあげます。第4章では、古くから親しまれ、かつ最先端の観光と言うべきヘルスツーリズムについて、ニューツーリズム、そして地域創造型観光という視点から概説します。

 しかしながら、このようにして、これまであまり知られていなかった「地域の宝」を発掘し磨いても、顧客である観光客に知られる(伝わる)ようにならなければ、観光は成立しません。そこで、ステップ2では、マーケティングの手法をもとに、いかにして、ステップ1で探した宝を、顧客にアピールし、選んでいただけるようになるかを順に説明します。

 まず、第5章では、そもそも観光がサービス業であり、それゆえに、他の産業と異なるサービスとホスピタリティの特別な性質を持っていることを理解することから出発します。第6章では、そもそもなぜ観光にマーケティングが必要なのかについて述べ、「SWOT分析」「マーケティング調査」「STP」「4P」などのマーケティング手法の標準的手順を紹介します。第7章では、さらに的を絞り、既存顧客のロイヤルティやリピート率の重要性、また、サービス業では直接顧客に接する従業員が命であることから、従業員に対してマーケティングする「インターナルマーケティング」が非常に重要なことを示します。第8章では観光マーケティングを支える観光人材にフォーカスし、まず、観光人材に関する主な政策の流れを説明し、地域創造を支える観光人材を、観光産業、観光関連産業、地域観光の3つに分類し、優れた例を紹介します。

 ステップ2の前半で観光マーケティングの戦略と人材マネジメントについて説明してきたあと、ステップ2の後半では、いよいよ観光マーケティングの代表的な戦術として、いかなる観光振興においても有効な中核的手法である「観光商品づくり」と「プロモーション」「イベント」について、専門家が具体的に述べます。

 第9章では、観光商品の複合的特徴を説明し、観光商品を「中核的商品」「支援的商品」「付加的商品」に分類した後、だれもが観光商品づくりをできるワークシートを提案します。ますます盛んになるイベントについては、第10章でその構造、定義と6分類(博覧会系、見本市系、祭り系、文化芸能系、スポーツ系、集会系)を示し、イベントの構成要素(6W2H)と4つの管理(品質、工程、予算、安全)について説明することで、効果的なイベントやプロモーションの方法を考えます。

 最後に、このように宝を発見し、顧客(観光客)に伝えること(マーケティング)ができたとしても、次に、観光地運営主体の組織形成と計画・運営(実際の観光まちづくり)を実際に行う段階、すなわち「宝を興す」という段階を完成させなければなりません。この現実の観光まちづくり・地域づくりのマネジメントについてはステップ3で述べます。

 まず、第11章では、フラットで市民主体の組織づくりが有効に働いた伊勢市と京都市の2事例を紹介します。続く第12章では、まちづくりの前提条件としての「ニーズ:外的要因」「シーズ:内的要因」の整理、「課題」「将来像」「コンセプト・イメージ・ターゲット・キーワード」を書き、「政策」を提案するという、観光を活かしたまちづくり計画の立て方を紹介します。計画を進めるうえで重要になるのが、観光事業推進のための制度の活用や資金の調達です。第13章では、まず観光事業振興の取り組みの歴史、次に制度・資金の確保、最後に事業資金づくりのアイデア(事業の初歩的対応)を説明します。そして、第14章では、それらを支える観光組織には、(1)関係者の中に、地元や地方自治体なども含まれ、(2)「水平型ネットワーク」であるという点で、「地域プラットフォーム」が重要であることを示します。
 最後の第15章では、地域創造型観光のマネジメントが重要となってきた背景とともに、一般的なまちづくり・地域づくり環境の中で成功するための原則を確認し、成功例で見られる実践的なポイントについて総括し《7つの原則》として紹介します。

 本書は上記の「観光マネジメント講座」のいわばエッセンスをまとめたものであり、観光にかかわる産業(旅客、宿泊、旅行会社等)に従事される方々、地域(行政、観光協会、地元団体、NPO等)で観光振興をしようとする担当者にすぐに役立つことはもちろん、観光研究者にとっても有益な、地域創造型観光のための多くの重要な研究成果を掲載しております。本書が、これから観光に携わろうとする方、すでに関わっている方、学生のみなさん、一般読者のみなさんにとって有用であればと願っています。
 各章末には「あなたのまち」について考える課題を掲げ、実践的課題解決への一歩を踏み出せるように配慮しました。それはあなたが具体的にイメージできる、あなたにとっての「まちや地域」から活動を始めてほしいからです。そして、さらに進んでリアルの「地域創造のための観光マネジメント講座」に参加いただきたいと思っております。参加者、講師陣との課題の共有、またその解決方法のディスカッション、これらを通じての人的ネットワークの構築など、その意義は大きいはずです(詳しくはホームページhttp://www.kankoryoku.jp/をご覧ください)。

 最後に、NPO観光力ネットの創設にご尽力いただいた初代理事長・故堀川紀年先生、「地域創造のための観光マネジメント講座」の開設と運営に大きな力を発揮された2代理事長・故前田弘先生に感謝の言葉を送ります。また、本書の出版に際し、適切なアドバイスとご協力を賜りました(株)学芸出版社の前田裕資社長並びに編集部神谷彬大様に心より御礼申し上げます。
 本書が読者のみなさんに役立つことを祈念し「はじめに」に代えたいと存じます。

2016年10月
NPO法人観光力推進ネットワーク・関西 理事長  桑田政美
日本観光研究学会 会長  吉兼秀夫
日本観光研究学会 関西支部長 国枝よしみ