最新エリアマネジメント
街を運営する民間組織と活動財源

はじめに


 本書は、わが国のエリアマネジメント活動に関して、エリアマネジメント活動の理論的な検討と、大都市都心部における実践的な事例の紹介を試みるものである。理論的な検討としては、エリアマネジメント活動と深く関わる社会関係資本とソフトローについて検討を加える。次にわが国のエリアマネジメント活動の一つのモデルとして考えられ、制度仕組みとして完成形となっているアメリカやイギリスのBIDを検討し、そのうえで、アメリカやイギリスと異なるわが国のエリアマネジメント活動の方向性、それを支える制度や仕組みについて検討を加える。
 まず、「はじめに」では、わが国の大都市都心部、地方都市中心部、さらに住宅地におけるエリアマネジメント活動の概要を示し、その後本書の中心である大都市中心部のエリアマネジメント活動組織を紹介することとする。

大都市都心部、地方都市中心部におけるエリアマネジメント

 わが国の都市づくりの状況を全体としてみると、競争の時代の都市づくりとして、大都市の都心部地区がより優位に立つために展開している都市再生があり、一方で衰退している地区を再生する都市づくりである地方都市の中心部における生き残りをかけた地域再生がある。
 最近では大都市都心部における地区の都市再生も、また地方都市中心部における地区の地域再生も、管理運営(マネジメント)による都市づくりの必要性が認識されるようになっており、大都市から地方都市までの多様な地区で、さまざまな社会的組織によって担われているエリアマネジメントの事例が展開している。
 近年、大都市都心部の多くの地区で「エリアマネジメント組織」がつくられている。また地方都市中心市街地でも、中心市街地の活性化のためにTMO(タウン・マネジメント・オーガナイゼーション)が組織化されエリアマネジメントの活動を展開している。
 そのような地区での活動の積み重ねのなかからは、「エリアマネジメント」や「タウンマネジメント」の活動を支え、組織を支える仕組みとして、アメリカやイギリスなどで先進的に展開しているBID(Business Improve-ment District)が注目を集め、日本版BID研究と仕組みづくりの必要性が認識されてきている。

住宅市街地におけるエリアマネジメント

 市民に身近な住宅市街地のまちづくりは、一方に既成市街地や郊外地の住宅地の価値を保全し、さらに高めるまちづくりがあり、もう一方にはこれから問題視されてくると考えられる、人口減少時代における空き地、空き家の増大にともなう住宅地の価値減少を予防し、地域価値を保全するまちづくりがある。
 まず既成市街地や郊外地に地区計画や建築協定、さらにはまちづくり条例などのツールを活用して良好なまちづくりを進めてきた地区におけるエリアマネジメントがある。このなかにはニュータウンなどの計画的に開発された住宅市街地の再生のためのエリアマネジメントも入ると考える。課題としては必ずしも新しいものではないが、それぞれの地区で地区主体の社会的組織をつくってマネジメントする必要があり、その活動の展開が始まっている。
 次に都市の外延部に拡大した一般住宅市街地の再編がある。大都市圏の郊外には必ずしも良好とは言えない住宅市街地が広がっており、また良好に形成された住宅市街地のなかには時間の経過とともに居住環境が悪化している地区も増加しており、そのための対策の必要性が認識されつつある。とくにこれからの人口減少社会の動向、高齢社会の動向は、このような住宅市街地のエリアマネジメントを促すことになると思われる。
 そのような地区での実践や議論を通して、良好な住宅市街地を主な対象に、アメリカなどで展開しているHOA(Home Owners Association)の仕組みが注目されている。わが国ではこれからの人口減少時代の郊外市街地のエリアマネジメント研究とその仕組みづくりの必要性が高いと考える。
 ただし、本書では大都市都心部におけるエリアマネジメントに限定して考察することとする。

大都市都心部地区のエリマネジメントの展開

 大都市都心部におけるエリアマネジメント活動を考えると、その必要性は次のように説明できる。
 第一に、地方公共団体は特定地区に特別のエリアマネジメント活動を行うことは公平性の観点からむずかしい。しかし、これからの都市づくりには、さまざまなレベルでの地区間競争を考えると地区としての魅力をつくることが求められておりエリアマネジメント活動の必要性は高い。
 第二に、一般に広がりを持った地区では、多くの関係主体、権利者が存在し、個別敷地に特別の管理を行うと、それにともなう外部経済が発生し、フリーライダーが生まれる可能性が高く、一方、逆に個別敷地が外部不経済を発生させる可能性もある。したがって「エリア」の単位でマネジメントする必要がある。
 第三に、フリーライダーを生じさせないためにも、できるかぎり多くの関係主体、権利者が一体となって組織をつくりエリアマネジメント活動をする必要がある。
 わが国における大都市都心部のエリアマネジメント活動の事例としては、これまで大規模プロジェクトと連動しているものが比較的多かったが、大規模プロジェクトとは関係なく既成市街地でのエリアマネジメント活動を実践している地区も、近年では増えつつある。
 「六本木ヒルズ」「汐留」「OBP」「横浜みなとみらい21」「グランフロント大阪」などの組織は大規模プロジェクトと連動しているエリアマネジメント組織の事例であり、「大丸有」の各組織、「長堀」「御堂筋」「天神」「名古屋駅地区」「横浜駅周辺」などの組織は、大規模プロジェクトと必ずしも関係のある事例ではなく、既成市街地におけるエリアマネジメント組織ということができる。
 また近年では比較的規模の大きな再開発事業と周辺の既成市街地とが一体となって組織をつくりエリアマネジメント活動を行う事例も、「秋葉原」「神田淡路町」などで見られるようになっている。
 いずれの地区でもさまざまなレベルの都市づくりを行いつつ、それと連動してエリアマネジメント活動を実践している。エリアマネジメントの内容を大別すれば、第一に公共施設・空間、非公共施設・空間の積極的な利用を予定したデザインガイドラインなどの策定とその実現、さらに第二にそれら施設や空間のメインテナンスやマネジメント、第三にイベントに代表される地域プロモーション、社会活動、シンクタンク活動などのソフトなマネジメントがある。第四に地区の安全・安心やユニバーサルデザインの実現などの課題を解決するマネジメントである。
 またこれからのエリアマネジメント活動として期待される防災・減災や地球環境・エネルギー問題への対応が始まっている。わが国のエリアマネジメントのこれからは防災・減災や地球環境・エネルギー問題への対応が、欧米におけるBID活動とは異なるエリアマネジメント活動の特質になると考える。

 本書が刊行できたのは、数年間にわたって開催された東京「丸の内まちづくりサロン」でのエリアマネジメント活動に関する検討会、東京、大阪、名古屋で展開されてきたシンポジウムに積極的に参加いただいた多くのエリアマネジメント組織の協力、ならびに検討会、シンポジウムに指導的に関わっていただいた専門家、国、東京都、大阪市、名古屋市などの行政関係者の力添えによるものである。
 また「丸の内まちづくりサロン」の事務局を担っていただいた大丸有エリアマネジメント協会の関谷みゆきさん、ならびに学芸出版社の前田裕資さんにはたいへんお世話になった。ここに深く感謝の意を表したい。
2014年12月1日
小林重敬