ふたたび運河と暮らすまち 京都・木屋町・高瀬川

第四回文化遺産防災アイデアコンペティション〈公式ガイドブック〉

刊行にあたって

 このアイデアコンペは文化遺産と防災という、概念としてはこれまでは結びつけて考えられて来なかった分野にまたがるテーマであったので、多少の戸惑いが見られた。こうした傾向は過去のコンペでも見られたことであり、文化財保護の分野での各種のアイデアや、防災分野でのコンペなどは多くのものがこれまでにも行われてきている。あるいは個別の文化財の防災問題は議論の対象になる事はあっても、文化財と防災と言う広い分野にまたがる概念として両者を結びつけることは比較的新しい動きであって、1995 年の阪神・淡路大震災以降に見られるようになったことである。
 本年度は高瀬川あるいは木屋町通を対象として、これらの歴史的価値を維持することと、災害から守るための手立てを考えることがテーマであった。京都以外の人々にもなじみのある場所であり、特に高瀬川は鴎外の小説「高瀬舟」の舞台でもあったことでも知られており、全国から150 を超える作品が寄せられた。多くの応募があることは主催者としては喜ばしい事ではあるが、審査員各位への負担が大きくなるから大変申し訳ないことであった。しかしながら、審査員も労を厭わず快く受け入れて下さったことに深謝している次第です。
 高瀬川は角倉了以によって開鑿されたが、彼はこれ以外にも京都に大きな事業の足跡を残している。それは桂川上流の保津川の水を灌漑目的で京都の嵯峨野に導水したことであり、これにより丹波の物資の舟運が可能になった。すなわち、これは京都盆地への北からの水と物資の導入であり、一方の高瀬川は南の伏見港からの物資の舟運が目的であった。高瀬川は京都盆地の東にある鴨川の二条付近からの導水であり、一方は西方を流れる桂川となる保津川からの導水である。
 この意味で角倉了以は、京都での水の活用の先達であった。しかし、京都は今こそ多くの水を必要としているのである。すなわち、国宝や重要文化財の数を人口との比率,すなわち密度で表せば、京都は他の政令指定都市の平均値の13 倍に達する。これは文化財の延焼危険性が極めて高いことを示唆しているが、阪神・淡路大震災時のような大規模な同時多発火災が発生した場合には、鴨川も桂川も中央部からは遠すぎて、両河川の近傍以外の京都の主要部での消火機能は失われてしまうのである。
この意味においては、京都盆地の中央を流れる堀川への多量の導水が急務である。
 高瀬川を角倉了以との関係において捉え、角倉了以の京都嵯峨野での水利事業を併せて現在の視点で考えれば、京都の文化財全体の防災問題に視点を拡げることができる。多数の応募の中からは残念ながらこうした観点からの高瀬川と周辺の文化遺産の防災問題を論じるまでには到らなかったが、そこまで視点を拡げることは応募者に対する期待が大きすぎるであろう。しかしながら、将来の京都全体の文化遺産の防災を考えるに際しては極めて重要な視点であることを示して主催者側の一つの視点といたします。
 今回のコンペには合計156 に及ぶ作品の応募がありました。その中から第二次審査の対象とすべき10 作品を5 月12 日の第一次審査会で選定しました。第二次審査は7 月7 日に10 作品を対象として行いました。第二次審査の対象となった作品以外のものも含めて約20作品をパネル展示するとともに、10 作品については模型を展示しました。
 第二次審査の対象となった10 作品については、応募者によるプレゼンテーションとこれに対する審査員による質疑応答が行われました。これに続いて審査員による審査会が行われ、最優秀賞が1、優秀賞が1、特別賞が5、佳作として3 作品が選ばれました。その後表彰式があり、続いて交流会が開催されて応募者同士や審査員との意見交換が行われました。
 受賞作品の詳細については選評をご覧下さい。なお、受賞作品には副賞が与えられましたが、これは京都ライオンズクラブのご好意によるものであり、京都の将来のために若人の考えに耳を傾けようという、当コンペの趣旨へご賛同いただいたことによることを記し、感謝に代えさせて頂きます。

土岐憲三
立命館大学歴史都市防災研究センター センター長

 
 「文化遺産防災アイデアコンペティション」は、本書をもって4 冊目をむかえることとなります当初より、若手の実務家や研究者、学生の皆様に、文化遺産を取り巻く歴史都市を対象に、災害安全による文化的価値の保全と新しい文化の創成へ向けた、新鮮なアイディアを考えていただくきっかけになればと願い、グローバルCOE「歴史都市を守る『文化遺産防災学』」推進拠点の重要な活動の柱として、取り組んでまいりました。これまでご応募いただきました方々、またこれを支えていただきました方々には、心より御礼を申し上げます。平成24 年度末を持って本拠点活動は終了し、このコンペも一旦終了いたしますが、立命館大学では引き続き「歴史都市防災研究センター(研究所)」を基盤として、歴史都市防災のための教育・研究活動に尽くしてまいります。今後ともご支援とご協力を賜りますよう、どうか宜しくお願いを申し上げます。
大窪健之
立命館大学グローバルCOEプログラム「文化遺産防災学」推進拠点 拠点リーダー
文化遺産防災アイデアコンペティション実行委員会 委員長



 京都ライオンズクラブは、4 年前の創立55 周年記念事業として、「文化遺産防災アイデアコンペティション」を支援させていただいております。今回は、高瀬川と木屋町周辺地域をテーマに150 点を超える作品が寄せられました。回を重ねるたびに応募も多くなり関心の高まりを感じております。
 歴史都市の災害対策の重要性は、近年より大きく叫ばれるようになりました。特に京都は神社仏閣をはじめ数多くの歴史を重ねた文化財が残っています。京都に住む私達は先人の生きた証であるこれらの遺産を後世に引継いでいく責任がありますが、現実にはいろいろな困難が予想され、これらを守るための対策が急務となっています。
 このコンペにより人々に災害対策の必要性を意識していただき、そのアイデアやデザインが将来の町づくりのヒントとなることを期待いたします。
村山忠彦
京都ライオンズクラブ 第58 代会長



 東日本大震災の傷もまだ癒えきらぬ今、改めて思うのはコミュニティの日常からする防災まちづくりの備えです。今回のコンペで設定した高瀬川一帯は細街路が入り組む密集市街地ですが、同時に、鴨川の治水、運河、流通、芸能と遊興の場などの歴史が重なった文化的景観の地でもあります。防災と町並み保全とを統一的に進める新機軸を求めた今回のコンペはとても意義深い試みでした。一方、あまりの難題に不安もありましたが、学生諸君は実地調査と地元交流、資料解析を通じて、一見矛盾する課題を地域防災という機軸で総合的に解決する可能性を発見し、ユニークで楽しい数々の提案を描き出してきました。
 京都市景観・まちづくりセンターは設立以来15 年、市民・コミュニティとともに歴史都市のまちづくりを推進していますが、次世代を担う若者のいっそうの参画を求めつつ事業に励む所存です。
今回のような機会を与えてくださった皆様方に感謝いたします。
三村浩史
公益財団法人 京都市景観・まちづくりセンター 理事長